2014 銀ハッピーバースディ



夜の帳〔とばり〕が降り
  辺りはネオンが瞬き幻想的な雰囲気を漂わせていた。

明日も休みという事で、観覧車の前は長蛇の列になっていた。
銀にせっつかれて早めの夕食を取り、夕食時に乗る事になった為 余り並ばずに済んでいた。
銀をこっそり見ると、何時もより楽しそうに見える。

・・・・早まったかな―――
心の中で愚痴る。
意識させられる状況は正直得意ではない。
南の島への船旅時にどんなにか緊張していたかなんて、銀は気付いていないだろう。
気付かぬうちに盛大に溜め息を吐いたら、大丈夫ですかと銀は声を掛けてきた。
聞いておきながら、それでも止める気は毛頭無さそうな表情に、やっぱり早まったなと自分を叱咤した。

順番が回ってきてゴンドラが横付けされる。
そっと手を引きエスコートする銀は、王子様といっても良いのではと思うほど様になっている。
ぼうっとその流れに身を任せていたら
「お足元にお気をつけ下さいませ」と、腰まで支えられてゴンドラの中へと導かれた。

「銀って王子様だよね・・・」
ポツリと呟いた言葉は、ゴンドラという狭い空間の中では普通に聞こえてしまっていた。
「は・・・?」
「あ、うぅん なんでもない、なんでもない。 独り言」
慌てて手を振り気にしないでとカラカラと笑う。
「はぁ・・・」
納得が往かない様な銀を見ながら、
  このまま甘い雰囲気にならなければと思っていたが、やはりそうは往かなかった。

「神子様―――」
対面するように座る望美の手に、そっと銀は手を添える。
懇願するような顔をされると、心臓が早鐘を付くのが何時も以上に判る。
望美は深呼吸をして、そっと立ち上がった。

銀に近づくと、足の間に招き入れられ腰に手を添えられた。

ニコリと微笑む顔を上から見上げるというのも珍しい事で
幼子を慈しむかのような微笑みに、無性に恥ずかしさが募ってきて後退しようと思ったが
がっちりと腰は腕で固定され逃がしてはくれない。

「っ・・・えっと・・・・瞼を閉じて・・・」
「はい」
望美の願いに銀は直ぐに従い、瞳を閉じた。

望美は意を決して頬に手をあてがい、銀に顔を近づける。
あ・・・睫毛が長い・・・。
顔を近付ける程に、ほのかに沈香の香りがする。
肌もなんだかキメが細かいような・・・私より綺麗なんじゃ―――
なかなか間近で見る機会の無い銀の顔を、思わず赤くなりながらも見惚れるように見入っていた。


観覧車は、頂上をとうに越して終盤へと差し掛かっていた。


暫く瞼を閉じていた銀も、どうしたのかと瞳を瞬く。
「神子様?」
「あっ! えっと・・・」
勢いだ、もう勢いしかない。
「うん。 勢い勢い・・・もう一度・・お願い」
その必死さに微笑みながら、はいと答えて銀はもう一度瞼を下げた。

そうだ、見なければいいのだ。 自分も瞳を閉じて気配で口元に―――

そうしてようやく触れるか触れないか、微かに重なったのを見計って
銀は望美の後頭部を手で押さえた。
「っ?! んンっ!?」
慌てて瞳を開いたが、薄っすらと妖艶な瞳を漂わせる銀が見えて、
  恥ずかしくなってもう一度 瞳を閉じる羽目になった。
銀の胸を叩いてみたが、人に見えてしまうのではと思うギリギリまで銀は唇を離してくれず、
唇をようやく離してくれた頃には 望美は瞳を潤ませて抗議の声を上げていた。

「私からするだけじゃなかったのっ?!」
「離れ難く、もう少しと思っただけで御座います」
と、満面の笑みでさらりと言われた。
「ぁぅ・・・」
そんな返答に、望美はがっくりと肩を落としたのだった。


「はーーーっ 取り合えず約束は果せたけど、緊張しすぎて夜景を見るの忘れてたよ」
自分が何時までも粘っていたを棚に上げてそう云うと
  では、もう一度乗りましょう と、また列へ並ぼうと言った。
「えぇええっ」
まだ時間はたっぷりあるでしょう? と、言われてしまえば確かにまだ八時前だった。


本日 二度目の観覧車の乗車は、流石に係員に見られるのは恥ずかしかったが、
取り合えず一大イベント?は終わってホッとしたのか、
「あ。 そうだそうだ」 と、渡そうとしていた物があったと望美は鞄を漁った。

「プレゼントと呼べるようなものでは全くないんだけど・・・」
そう云って銀に手渡したものは栞だった。
「これを戴いても?」
「うん」
有難う御座いますと微笑んで、じっくりと栞を見詰る。
「あー・・・あんまり隅々まで見ないで。 ボロが出ちゃいそう」
「神子様 自ら作ってくださったものですか?」
銀は驚いて、もう一度じっくりと栞に眼を落とす。
「うん・・・ この押し花、四葉のクローバーっていってね。 幸運に恵まれるってよく言われてるの」
「白詰草・・・でしょうか三つ葉はよく見かけますが、四葉はなかなか見付からないと聞きます。
  私の為にわざわざ探して下さったのですか?」
ほのかに頬を赤らめながら、コクリと望美は頷いた。
「ほら、銀って本をよく読むでしょう? だからその・・・えーっと・・」
「これを何時も手元に置いておけば、神子様がお傍に居てくださるようで御座いますね」 
自分が言い辛い事をはっきりと言ってくれるのが良いのか分からないが、
  先程よりも真っ赤になって頷いた望美に嬉しくなって、また微笑んで感謝を陳べた。

望美は銀の手に自分の手を重ね、まだ今日一度も言えていなかった言葉を口にした。


「銀 お誕生日おめでとう。 これからもずっと、傍に居てね?」


その言葉に銀は、感極まったように双眸を大きく見開き、望美の頬に手を当てて微笑み返した。
「有難う御座います。 神子様からのそのお言葉だけで、生誕という日を堪能 出来ました」
「本当にそれだけで良いの?」
茶化して言ったつもりが、少し物憂げに微笑まれコクリと頷かれてしまった。
「え・・・」
先程は、キスをしてくれとせがまれ仕方なしにしたのに、これでは拍子抜けだ。


「お傍に居られなかった平家の頃を思うと、
  こんなに嬉しいお言葉を戴けるとは思いもよりませんでしたから」
「・・・っ 銀」

助けるとは云われていたが、傍に居てくれるとは一言も言われていなかった。
平泉で『重衡』を自覚した後も、
  こんな罪深い者に付き従ってくれるものなど誰も居はしないと思っていた。
独りよがりの日々でしかないと思っていたのに、光が差し込まれた。

それはまるで春の日差しの様な暖かい、
  触れてしまえば離れて行くのではと思ってしまう微笑みが、銀を心〔しん〕から暖めてくれた。
望美の言葉に何時も励まされ、導かれ、一緒に居ようと思っても頭の片隅にもたげる罪の意識。
やはり一緒に居ない方がと、何度 自分は繰り返し考えた事か。
それでも傍に居て欲しいと、望美自ら云って貰えると思っても見なかった。

「その言ノ葉が、私を生かして下さるのです」

自分のこんな些細な一言に、これ程までに喜んでもらえるとは思っていなかった。
その優しい言葉に、微笑みに、無意識の内に望美は銀に口付けしていた。

「っ?! み、神子様!?」
珍しく慌てた銀に、苦笑しながら望美は銀に抱きついた。


「銀 おめでとう 大好きだよ」



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「それはさておき、夜景は堪能出来ましたか?」
「・・・・・あぁああ!!」
では、もう一度参られますか?
 と言う言葉に、流石に係員に笑われると思って断った望美であった。



2014.9.24

後記

よく判らない話になった気がします!  もう何でもいい!祝えれば! 
おめでとう 銀! 
ちなみに、望美が栞をプレゼントにした理由は、『2014.クリスマスプレゼント』をご参照下さいませ