コンコンッと、望美の部屋の扉がノックされた。
ベッドにごろりと寝転がりながら他の事に集中していた望美は、気のないような返事をしていた。
長い沈黙でフッと違和感に気付き、
扉を見やると、少し開いた向こうから顔を覗かせていた人は、銀だった。
「あっ! し、銀?! ちょ、ちょっと待ってね! 部屋の中汚いから少し待って!」
息を詰めて眼を見張り、言葉を発したと同時に動揺しながら部屋の中を駆けずり回る望美に、
クスリッと小さく笑いながらも頷いて扉の外で作業が終わるのを銀は待った。
暫く経って恥ずかしがるような声音で、『どうぞ』と促す声に、
銀の部屋に気軽に足を踏み入れる何時もの望美とは違う、
彼女の心の動揺が、銀の心をくすぐる。
「何かされておられたのですか?」
「ん・・・ちょっと・・・ね?」
そんな言葉のやり取りで、直ぐに望美が銀に隠しておきたい事があるのだと――。
ここは詰め寄って、問い質すべきか、或いはそのまま微笑み そ知らぬ振りをした方が良いのか。
深刻な事ではないのは表情から見て取れる。
取り合えずはこのまま見過ごしておこう・・・そう思い、銀は望美の言葉に頷いた。
「さようですか」
「銀こそどうしたの? 珍しいね」
その言葉に ニッコリと微笑み返す。
「確か、テストは昨日終わったとお聞きしましたので、今はお忙しくは無いと聞いていたのですが・・・」
「うん? 確かにそうだけど・・・」
普段、銀から望美の部屋へと赴く事は殆どない。
それは、やはり女性の部屋という事もあるし、隣の家主の部屋が将臣の部屋という事もある。
あまり自分だけに紡がれる言ノ葉を将臣に聞かれたくは無いのも正直なところだった。
「何時もであれば、神子様が私の部屋へと来てくださるのに、テストが明けましても着ていただけなかったので、
私の事などもう良いのではと思われていたのかと・・・」
そう、シュンと憂いた顔で望美を見詰れば、真っ赤になって 『何を言い出すの!』と慌てふためく顔に
自分の頬が緩むのがわかる。
お互い時間の余り取れない生活の中の一時の楽しみ。
望美もテストで疲れていた表情が、ようやく何時もの愛らしい笑顔に戻っていて銀はホッとした。
望美は取り合えず何か飲み物でも・・・といって、自分が取りに行くと言ったのを制して下へと降りていった。
あまり足を踏み入れない望美の部屋。
それは、自分が知る女人の部屋とは全くといって良いほど違い、色々なモノが部屋の中に散りばめられていた。
そして、望美に似合う淡い桃色の物が多く点在している。
鼻腔を微かに擽る香りの中に、自分が以前上げた香の匂いも漂い口元が緩む。
こんな些細な事に喜びを感じるとは、以前の自分には無かった感覚だった。
そんな事を思いながら周囲を見回して居ると、手元に重ねて置かれていた雑誌が手に触れ崩れてしまった。
元に戻そうと目を向けると、其処には銀も駅などで何度と無く見かけた事のある雑誌が置いてあった。
「お待たせー」
ガチャリと扉を開けて、望美は笑顔で鼻歌交じりに机の上にお菓子と飲み物を乗せた盆を置く。
何をしていたのかなと銀を見ると、その手に持っていた雑誌に驚き急いで奪い取った。
「ちょっ!! な、何見てるの!?」
「神子様。 何故 求人雑誌などご覧になっておられたのですか?」
「そ、それはその・・・少しお金が欲しいなーって思って・・・」
うっと呻き声の様な、うろたえる声を発しながら、望美は目線を泳がせながらも返答した。
「何か御入り用でしたら、私が買って差し上げますよ」
望美の言葉を聞いて、銀はさらりと言い切った。
「っそれじゃ駄目なの!」
拳を握り締め、素早く返事を返して抗議した望美に対し、
少しの沈黙の後、溜め息をついて銀は苦痛そうに言葉を吐いた。
「神子様。 これ以上、私との語らいの時間を減らすおつもりですか・・・?」
「・・・ぅっ そ・・・それは・・」
今回は何とか銀を納得させようと頑張ろうと思うのだが、やはり簡単には往かない様だ。
「語らいを減らしてでも、お金が入用なのですか?」
私よりも・・・? そう項垂れてしまった銀に、どうしたものかと望美は悩んだ。
「だ、だって・・・」
銀は中間テストが終わった後は、午前中で授業は終わりなのだと聞いていた。
何時もは朝餉、昼餉ともに一緒に食事を取る事は出来ない二人だが、
漸く昼餉も一緒に食べ、その後のんびりと二人で過ごせると思って居た銀は、
少し眉間に皺を寄せながら憂いた顔をし、
望美の本心を聞きたいのだと、頑なに理由【わけ】を聞きたがった。
何時もの事だが、銀に哀しい表情をされると望美は自分でも驚くほど素直に折れてしまう。
そんな自分の屈辱さも相まって、少し語気を荒げながらも言葉を選びながら理由を話し始めた。
「あーーもぅっ! だから! その・・・っ 違うよ・・・」
「銀を悲しませたくてバイトしたいんじゃなくて、
私だって銀に何かプレゼントとかしたい時にお金が無いと困るんだよ・・・」
そう、それなりに今まで遣り繰りをして少しはお金はある。
だが、夏休みに向けて二人で出かけようと思うと、今の所持金だけではあまりにも心許無い。
銀ばかりに頼るのは、やはり自分としては厭なのだ。
甘えるばかりの付き合いは、自分を駄目にする。
それはあの世界で良く判った事だ。 自分で出来る事は自分でする。
其れと同じように、自分の出費くらいは自分で出すのが当然だと望美は思う。
だからこっそりバイトでも・・・と考えていたのに、銀の思わぬ訪問でなし崩しになってしまった。
その答えに銀は瞳を瞬いて、暫く望美からの言葉を心の内でよく噛み締め、顔を綻ばせて言った。
「私は、神子様に頂ける物なら ―――この様にお茶を手ずから入れて頂く事だけでもとても嬉しく思います」
「それは、心を込めて私にして下さる事だと解るから―――」
そう言って、銀は望美の両の手を取り自分の手で包み込む。
「し、しろがね・・・・」
「お金では買えない物の方が沢山御座いますよ?」
「私は今、この世界では貴女との時間【とき】の方が大切なモノなのです」
この世界では―――。とは言ったものの、銀の中では結局何処へ行こうとも一番大切なのは望美である。
そんな事を云ってしまえば、抵抗されそうなので自分の都合の良い解釈で済ませることにしたのだ。
暫く悩みこんでいた望美だったが、「・・・はぁ ―――分かったよ。」
其処まで云われてしまっては、流石に何を言っても銀は首を縦には振る事など無いのは既に分かっていた。
自分も頑固なはずであるが、こういう事に関しては銀に勝てないと望美は項垂れながらも了承したのだった。
「有難う御座います。 では、気が変わらぬうちに、これは処分して置きましょう」
「えっ えぇ・・・?!」
何をするのかと思えば、絶句する望美を他所に易々と銀は求人雑誌を破っていたのだった。
「お金に関しては、御気になさいますな。 私の貯えでどうとでもなりましょう」
その言葉に抗議しようとまた声を荒げようとしたら、望美の唇にそっと指を立て
「来年の今頃は此処には居らぬのです。 無用な物になる前に、二人で使い切った方が利巧で御座いましょう?」
そう言われてしまっては、ぐぅの音も出ず頷くしかなかった。
「では、明日は仕事がお休みなので、ご都合が宜しければ何処か行きませんか?」
もうこの話は終わったと、ニッコリ微笑み尋ねられた言葉に
苦笑しながらも、デートに誘って貰えてやはり嬉しい望美なのであった。
2014.12.22
後記
遙か3、10周年おめでとう! 少し早いメリークリスマス!本来、何か書くつもりもなかったのですが、拍手でコメントを戴いて嬉しかったので
クリスマスも近かったので色々マルッと含めた記念っぽく書いてみました。
ので、クリスマスとは何の関係も無いお話です・・・。
――という事で、この小説は『みどりさん』へのクリスマスプレゼントになります。
宜しければ貰ってやって下さいませ^^ノ