CDドラマ 「神子へ贈る秋の花」 より



「先生は紅葉(かえで)」
「ヒノエ君は萩(はぎ)」

「銀のそのお花はなぁに?」
「女郎花(おみなえし)と――――」




【女郎花】





顔色は青白く、寝返りを打つのも大変そうなのに、
  花を携えて現れた三人に望美は大層嬉しそうに微笑んでくれた。
「ごめんね、どれか一つを・・・だなんて選べないよ」

そう望美が言うと、ヒノエはウィンクを一つして分かっていたよと微笑み返し、
皆 姫君を心配しているのだと手を取って、ほっそりとした手の甲へと口付けた。
その光景に、銀はチリリと胸が焼けるような想いが全身を伝った。
恥ずかしいからと、顔を赤らめる望美が酷く遠くに感じた。
何故、その微笑みは自分に向けられた物ではないのだろうかと・・・・。



二人が去った後、冷え込みが厳しくなってきた室内を暖める為にと、銀は一人残って用意をしていた。

そんな最中にぽつりと望美は言葉を口にした。
「銀って物知りだよね」
「いえ。 それ程知りえてはいないと―――」
自分の事に関して、問い糺される事にあまり気を止めずに銀は作業に没頭し続けた。

「でもさっきヒノエ君 言ってたよね。 自分も初めて名前を知った花だって。
 銀はその花の名前を何処で知ったの?」
「は・・・」
その言葉に振り返り、自分に向けてくれた望美の屈託の無い微笑を嬉しく思いながらも、
  望美の一言で銀は凍りついた。

言われてみてみれば、自分は何時『女郎花』を知ったのだろうか・・・。
平泉に来る前に既に知っていたのは自分の頭で判る。

どうしたの?と、キョトンと首を傾げる望美に対し、自分は何も返答を返すことが出来ずに居た。

「銀 大丈夫? 具合悪い?」
「いえ・・・大丈夫で御座います」

望美の身の回りの仕度を済ませた後、明日また伺うと云ってその場を辞した。




自分には過去がある。 それは当たり前の事だ。
実際の歳までは判らないが、もう何十年と生きている事くらい判る。
その中で身についた技量や所作なども当たり前に思えていた。

が・・・熊野の別当と云えば、この日ノ本でそれなりの名を馳せている。
源氏もしかり・・・、それをどこか当たり前の様に自分も知っているのが常だと思っていた。
そう、記憶を失っていたとしても、だ。

しかし、高位を持つ者達も初めて知るモノを、何故自分はすんなりと言葉に出せたのか。



平泉に来てからよく囁かれていた言葉を思い出す。

あのような品のある者はこの辺りでは見たことが無い・・・と。

では自分の出自はどこであるのか。


望美が、自分の過去を思い出した方が良いのではと投げ掛けた言葉が胸に突き刺さる。

自分は・・・何か大事な事を忘れているのではないか?




自分が紡ぐ言葉がこれ程にも怖いと思ったことはなかった。

望美の前では自分ではない『自分』を見透かされているのではと不安になってくる。
いや、実際知っているのかもしれない。
 しかし、それを安易に思い出せとは云わず、自分に委ねてくれているのかもしれない・・・。



過去を思い出そうとすると、燃え盛る町並みが広がってゆく。
それに怯え、自分を取り戻そうとする事を拒む。


「神子・・・様・・・私は・・・」


繰り返すこの思いに、自分がこの先どうすれば良いのか・・・、
 泰衡様に従っているだけの自分であり続けるのか、
はたまたこの芽生え始めた淡い想いの為に・・・神子様の為に自分が変わる方が良いのか。


 見えない出口が自分の帰り道をも掠め取って行くようだった。




2014.8.05

後記

銀が何時 花の名を知ったのかなーと不意に思ってしまいまして・・・こんな話が出来ました。

文字にして書いたら思い出したんですけども、
紅葉は葉の名前じゃないんですよね・・・ そう思うとモミジとCDでは言ってるんですけど
一応カエデとしておきました。
あれっ?と思った方はそう云う理由です。