元の世界には、銀も一緒に帰る事になった。
後数日でこの世界ともお別れかと、名残惜しいが自分で選んできた道を振り返り
これでよかったのだと・・・ 大丈夫だと望美は自分に思い込ませていた。
もう、思い残す事は・・・ないよね・・・。
春がようやく訪れた平泉。
最後に宴を催してくれた。 夜桜・・・演奏に舞・・・楽しかったな・・・。
色んな事があったな――――
そんな物思いに耽って、望美はこの澄んだ空の下、大の字に寝転んだ。
あぁ・・・こんな風に寝転べるのも、後少し・・・かぁ。
天〔そら〕を仰いでこんなにも自分がちっぽけなんだと思える。
何度も何度も時空を行き交わなければ、成せない事ばかり。
皆が居てくれて、やっとの思いで此処まで来れた。
白龍の神子と言われ、皆に信頼されていても自分なんてこの空の下そんな程度だ。
ただの一介の人間に結局のところ過ぎないのだろう。
ただ、自分は欲深かった・・・ただ、それだけだったのだろうと・・・。
「あら。 今日は一人なのね」
不意に、頭上から声が掛かった。
焦点が、上手く定まっていなかった望美は声の主を既に分かってはいたが、改めて目を細めて見つめた。
「朔」
「隣、良いかしら?」
「うん もちろんだよ」
望美は微笑んで半身を起こした。
「寝転がるのは・・・気持ち良いのかしら」
「え? うん! すっごく気持ちいいよ 朔もどう?」
そういって、望美はまた大の字になって寝転んだ。
ふふっと、笑いながら朔も望美に習い寝転んだ。
「・・・・・空が・・・地が・・・」
「・・・・・うん・・ 温かいね」
「えぇ・・・」
そうして暫し、二人は目を閉じてこの温もりを噛み締めていた。
「私、朔が対でよかったよ」
「えぇ、私もずっとそう思っていたわ」
「本当?」
「もちろんよ。 貴女がいたから今の私が在るわ。 ・・・本当よ?」
「・・・うん。 私もずっとね・・・ずっと朔に支えてもらってた。
朔が居なかったら私・・・この世界で一人辛い思いをしてたかもしれない」
これは本当の事だ。朔にはきっとたったの一年だったかもしれないが、
望美にとってはもう親友・・・いや、姉の様な存在になっていた。
「そうね・・・・・・・殿方ばかりだものね」
「ふふっ ホントそうだよね。 女の子の悩みなんて、男の人には分からないもん」
「えぇ」
そう言って、二人笑い合った。
「―――― 色々有ったけれど・・・ これで落ち着けるのね」
「・・・・・うん」
「貴女を妹の様に・・・思っていたわ」
「朔・・・」
「・・・往ってしまうのでしょう。 少し・・・寂しいわね・・・」
「私・・・朔の様になりたいって思ってたの」
「望美・・・私も貴女の様になりたいと思っていたわ」
そう言って、二人は目を見合わせた。 きっと、対というのはお互いずっと惹かれ合うものなのだろう。
そうは判っていても、届かない想いに手を伸ばしたいと人は思ってしまう。
「・・・朔・・・ 私たち・・・離れていても、ずっとずっと忘れないで・・・ずっと一緒だよね?」
「えぇ もちろんよ。 私の対は貴女だけよ。 望美・・・ 今まで、ありがとう」
「うぅん こちらこそ、朔 ありがとう」
お互い寝転がったまま しかし、空を仰ぎながら手を繋ぎ、どちらともなく涙した。
「望美 私はそろそろお暇〔おいとま〕するわね」
朔はそっと、涙を拭いそう言った。
「え?」
「ふふっ」
朔は望美に微笑んで、その場を後にした。
どうしたのだろうと思ったら、銀が傍まで来ていたようだ。
「銀! 見てたの?」
「申し訳御座いません。 盗み見るつもりは御座いませんでした」
シュンと項垂れつつも、銀は望美の方へ歩みを進めた。
「うぅん 大丈夫だよ」
「しかし 朔殿が・・・」
「えーと・・・ 気を利かせてくれたみたい」 望美は、ははっと言って笑い返した。
「そろそろ・・・こちらともお別れで御座いますね」
「・・・うん」
「思い残す事は、もう御座いませんか?」
「え・・・?」
望美はその言葉に、銀の方に顔を向けるとカチリと目が合った。
銀は望美から目を逸らし、遠慮しながらも言葉を続けた。
「申し訳御座いません・・・ 何やら、心残りがお有りの様なお顔をしていらしたので」
「そんな事ないよ。 そんな風に・・・銀には見えるの?」
「・・・はい」
そうなのかな・・・そんな事・・・ないと思ってたんだけど。
「銀こそ・・・思い残す事はないの?」
何故銀が言葉を濁すように話したのかは判らないが、銀の方こそ名残惜しい事は多いのではないかと思う。
そんな望美を他所に、銀はきっぱりと言い放った。
「私は、元々この地の者でもありませんし、今となっては流浪の者。 平家にも未練は全く御座いません」
「無理してない・・・?」
「えぇ」
そっか・・・それなら良いのだけど・・・
そう、銀の笑顔で納得はしたが、自分は思い残した事があったのかなと眉根を寄せた。
何だろう、何か引っかかってるのかな・・・。
望美はまた、寝転がった。
望美の横に同じく座って眺めていた銀も、望美の横に寝転がった。
「し、銀?!」
銀も同じように寝転がるとは思っておらず、不意の事に望美は半身を起こし、顔を真っ赤にしてたじろいだ。
「・・・・あぁ・・・何とも気持ちのよいものですね」
そう、銀は呟くと瞼を閉じた。
その様子を見た望美は、フッと、昔こんな事があったなと思い出しながら、もう一度空を仰いだあと瞼を閉じた。
・・・・落ち着く―――― こんな風に二人寄り添って天〔そら〕を仰げる事も、もう無いかもしれない。
この清々しさが心に沁みてくる。
先程云った、銀の言葉を反芻してみる。
何か・・・何か引っ掛かりがあっただろうか・・・。
心残りがないとは言い切れない。 色々有りすぎたのだから ――――
きっと欲張ればもっともっとと、きりが無くなってしまうだろう。
だからきっと、大丈夫だ・・・ そう思って望美は目を開いた。
眩しい程の青い空に一羽の鳥が気持ち良さそうに舞っていた。 ――――以前終わりにした過去が脳裏に甦る。
・・・・・・空を翔る龍神・・・・白龍・・・黒龍・・・・『応龍』――――――。
「・・・・あ」
「どうされました?」
呟いた望美に銀は、寝転がったまま問い返した。
「そうだ、そうだよ銀。 私とっても大事な事、忘れてたよ。」
「気付かせてくれて有難う」
「私は何も・・・・ しかし神子様。 大事な事とは・・・」
「う・・・うん・・・」
凄く大切な事だ。 だが、どうすれば良いのだろう・・・。
平家は南へ落ち延びてしまった。
しかし、これだけはやはりやらなければならない。 そう、自分の対の神子の為にも。
以前垣間見た朔の幸せ。 それを有耶無耶なままにして帰るなど、絶対に嫌だ。
私だけが幸せになるなんて・・・やっぱり良くないよ。
何か策は有るだろう。 良く考えるんだ。
そう想いを募らせる望美は、かつての戦の時に宿した瞳が揺らめいていた。
2014.01.06
後記
長編第二部の始まりです。のろのろ運転ですが、どうぞよろしく
このタイトル、微妙に気に入ってます。
つい想い馳せる、自分の辿ってきた過去と朔を想う気持ちと
遙か3の魅力って、世界観がしっかりしてるのもあるけれど朔の存在も私には大きいです