戸惑い



望美はその後、話を有耶無耶にしてその場を後にした。

(流石にあからさまに態度をおかしくしちゃったよね・・・銀、怒ってないかな・・・)

これから成したい事を銀に打ち明けたかったが、彼の父親を討うとしている様なものだ。
こんな事を、打ち明けられる事など出来るはずがない。


さて、と・・・どうしようかな。
将臣君に相談して・・・船も借りたいからヒノエ君にも何とは無しに云わないとね。
でもそうすると、絶対 感の良い弁慶さんは何か有るって気付くよね・・・。
先生に相談に乗ってもらった方が良いかなぁ。

そう彼是と今後について望美は自室へ戻り、一人策を練っていた。




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その頃 銀は悩んでいた。

望美に何時もとは全くといって良いほど話を有耶無耶にされ、途中で言葉を切って去っていってしまった。

こんな事は今までには無かった。
自分が何か悪い事を言ってしまったのだろうかとも思ったが、望美は自分に感謝の言葉を陳べていた。
という事は、自分には隠しておきたい何かが有ると言う事だろう・・・。

数日後には、異世界へ一緒に戻ると云っていた筈が、自分を避けて考えを巡らせる望美に悲しみを覚えた。

(これでは・・・私は本当に神子様と時空を越えて彼の地へ行っても良いのだろうか・・・)

自分に不都合な事が有ったとしても、これから数年後には伴侶として歩んで往けるものだと
 思っていた銀としては、改めて望美に本心を聞き出す他無いと心に決め、自室を後にした。




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カタンッと、自室の外から物音が聞こえた。
「神子様、夜分遅くに申し訳御座いません」
「え・・・? 銀?」
「・・・はい」
その言葉に、ソロソロと望美は廊下の方へ赴いた。
「どうしたの?」
「・・・・・ 先程の事でお話が御座います」
「・・・・え」
そこで言葉を詰まらせた望美を他所に、失礼しますと銀は勝手に望美の部屋へ入っていった。
「ちょ、ちょっと銀?!」

床の間の近くまで歩いて行き、そこで座する。

「あの・・・銀?」

銀は単刀直入に問いかけた。
「神子様。 私に話せない事が何かお有りなのでしょうか」
「えっ!?」
「先程 大事な事が有ると仰っていましたが、私にはお話下さいませんでした」
「えっと・・・」 流石に言葉に詰まる。
まさか銀がこの様にして夜更けに会いに来るとは思っておらず、どう話したら良いか検討も着かない。
そんな銀は見兼ねて口を開いた。
「私には・・・お話出来ない事なのでしょうか・・・・・私以外の・・・他の方ならばお話出来るのでしょうか・・・」
「え・・・・っ そ、それは・・・」
そう口篭る望美に、銀は落胆の色を隠せない。


「私は・・・私だけが神子様と想いを交わせていると思っておりました・・・
しかし、異世界へ帰ると話している矢先、この様に隠し事をされると不安になるのです・・・
私は本当は神子様には・・・・必要の無い者なのではと・・・」
「・・・っ そんな事ないよ!」
「では、話して戴けないでしょうか」

「それは・・・出来ない・・・」
「・・・・っ  何故で御座いましょうか 私に何か不幸が及ぶとでも・・・?」
「・・・・・・・・・」
「神子様・・・」

望美の苦悶の表情を見た銀は、何か悪い事を言ってしまったのかと望美を覗き見た。

「・・・ごめん・・・御免なさい・・・」
「神子様・・・?」

「このままじゃ・・・駄目なの・・・ 判ってる・・・けど・・・」
「神子様。 落ち着いてください」

「御免ね・・・折角、一緒に異世界へ来てもらうのに・・・隠し事だなんて・・・」
「神子様・・・・」

望美は御免ねと、もう一度言うと不意に立ち上がって銀をその場に残し自室を出ようとした。
「・・・っ 神子様!」
やはり何時もとは違う望美に、よくよく銀は直ぐに望美を追い、腕を掴んでこちらへ振り向かせた。


「・・・っ」
銀は、振り向きざま望美の顔を見定めると、そこには瞳に涙を溜めた姿があった。

「そのような貴女を私がそのまま放って置くことが出来ましょうか」
「・・・もう・・・いい・・・から・・・」
離して・・・そう言って手を振り解こうともがいた望美を、銀はすっぽりと腕の中へ抱き込んだ。

「十六夜の君。」
「・・・・っ! しろ・・・がね・・・」
「私に何を遠慮なさっておいででしょうか。
    ―――― 平家の誰かに不幸が及ぶ・・・」
寸の間を置いて、発し呟いた言ノ葉は、小声で囁くように望美の耳元に届いた。
その最後の言葉にビクリと身体を震わせた。
「・・・!」
望美の瞳は大きく見開き、モノ言いたげな顔をし思わず銀を振り仰いでいた。

「先程の、十六夜の君の態度を見ておりましたら若しやと・・・」
「・・・・・っ」
望美は俯いて唇をきつく噛み、手を血が出るのではなかろうかと言うほど強く握り締めた。


その様子を見て、銀は悟った。

そして、望美が強く握りしめていた手をゆっくりと開けさせる。
「その様にしていては、血が出てしまいます。 ご自分を傷つけないで・・・十六夜の君」
「でも・・・っ」
「私の間違いでなければ・・・ ・・・その誰かと云うのは、父上の事ですか?」
「!?」
先程よりも一層 瞳を大きく開き、今度は何故・・・
 と、声には出ていなかったが、口を開けて呆然と銀を見詰めていた。

「・・・・感は・・・良い方なので。 しかし、貴女が気にかける事では御座いません。」
「どういう・・・」
「私が父上に手を掛けるとしても、気に為さらなくとも良いのです。」
「・・・何を・・・言ってるの・・? そんな事させられるはずがない!!」
食って掛かるような望美に対し、銀は冷淡にも頭〔かぶり〕を振り言葉を続けた。
「いいえ。 確かに本来、父上に手を上げるなど持っての外で御座います。 しかし、一度は死した者。
それは・・・私にとっては父上ですが、父上では御座いません。」
きっぱりと銀は、断言した。

「しげ・・・ひら・・さん・・・」
そう言い放つ銀に、ただただ呆然と望美は見詰め返すしかなく、
漸く言葉を発したが、名前を呼ぶ事しか出来なかった。


寸の間沈黙してから、もう一度はっきりとした口調で、銀は話し出した。
「寧ろ良い機会なのだと思います。 本来怨霊というモノは、この世に存在してはいけない。
極楽浄土へ帰依するのが一番だと・・・そう、思うのです。
 平泉へ降り立ち、浄土がいかに神聖なものか・・・多少なりとも判ったつもりですから」
「・・・浄土 ―――」
銀の言葉に、金色堂で何時も一心に祈りを捧げていた姿が甦った。

「はい。
   ――― 私は父上を好いておりました。 皆の事を気遣う、良い父上でした・・・・・しかし・・・」
重衡は、当時の清盛を思い出しているのか、遠い眼差しを瞳に映していた。


「怨霊になってからは、力を縋るようになられた・・・心から皆を慕っていた、そして慕われていたのとは違う。
 『黒龍の逆鱗』〔ちから〕で従わせる父上を見て、私は酷く落胆いたしました。」

「白龍の神子様。貴女のその清らかな御手で、父上を浄土へと導いて頂けますでしょうか。
 私からの、切なる願いで御座います。」

「本当にそれで・・・重衡さんは良いの?」
「ええ。 二言は御座いません。」
その真剣な眼差しに、これ以上何もいえない事を望美は悟り、一呼吸置いてから言葉を紡いだ。

「銀、うぅん・・・重衡さん。 申し訳ないけれど、力を貸してくれますか」
「申し訳ないなどと仰らないで下さい。 私が望む事で御座います。
  こちらこそ宜しくお願い致します。 十六夜の君 ――――」

望美の言う言葉に、否を唱える事は何も無い。

そう答えた重衡は、かつて平家の武人として戦をしていた顔立ちに、気付かぬ内に戻っていた。





「十六夜の・・・君?」
決意を新たにしたはずだが、まだ何か迷いの或る望美の表情に、
 重衡は眉根を寄せながら言葉が返ってくるのを待っていた。

「・・・・ただ・・・一つだけ。 一つだけ判っていて貰いたいの」
「はい」

「別に重衡さんのお父さんを・・・清盛を討ち取る為に行く訳じゃないの」
望美の言葉に、少なからず重衡は意表を衝かれた。
「今後のこの時空の泰平の為では・・・?」
望美は頭〔かぶり〕を振った。
「・・・・さっき重衡さんが言ってたよね。 『力を使って従わせている』って」
「はい」
「私はその力の源・・・黒龍の逆鱗を壊したいんだ」
「そういう事でしたか。 早とちりをしてしまい、申し訳御座いません。」
「うぅん・・・ その・・・私が知っている限り・・・・・・・」
「はっきりと仰って下さい。」
戸惑いを見せる望美に、きっぱりと重衡は言い放つ。
それに促されるように、コクリと頷きポツリポツリと望美は唇を動かしていった。
「・・・・うん。 私が『通ってきた』限りでは、その力によって清盛も消滅していたの。 だから・・・」
「判りました。 もう、大丈夫です。 十六夜の君、貴女はお優しい。」
そう云うと、重衡はフッと微笑を零した。
「優しくなんてっ!」

「いいえ。 黒龍と言うと、十六夜の君の龍神の対という事ですね。」
コクンと望美は頷いた。


「古〔いにしえ〕の云い伝えを聞いたことが御座います。 応龍が京を守っていたと・・・
今、この地は龍脈が正常に戻りましたが、本当の意味での安定はその逆鱗を壊し、
 黒龍の復活を願う事・・・なのですね?」
「・・・・詳しいん・・ですね・・・」
その言葉に重衡は、自嘲気味に語り始めた。
「平家には陰陽師も出入り致しておりましたし、もちろん不穏な妖術師もね・・・」

「京の均等が保たれなくなったのは、その両の龍神が居なくなったからだとは知っておりました。
まさか、父上が持っていた『ソレ』が黒龍の源だとは思っても居りませんでしたが・・・。
 そう思えば、あれ程に死後でも暗躍出来ると言う事ですね。
 やはり、平家が辿った末路は力任せでしかありませんでしたね・・・」
「重衡さん・・・・」

「誰が悪いと・・・今はもう何も言えません。 しかし、あまりにも生前 父上が権力を我が物にしていた故の、
平家が取った結果が・・・ それが、邪心の多き怨霊ばかりを生み出してしまった結果なのかもしれません。」
「・・・・・・・・」
自嘲と溜め息交じりに呟く重衡の表情は、
 これまでの平家の全てを嘲るかの様で、望美は居た堪れなくなった。

「今更父上を浄土へ返して、何か世に恩を返せるとは思えませんが、
 少しでも泰平へと近づけるお役に立てるならば、しかとこの目で受け止めとう御座います。」
「重衡さん」
「もう一度、私と共に父上を浄土へ帰依する為に手を取り戦って戴けますか? 十六夜の君。」

「・・・はい」
そう言って、重衡の手を取った望美の瞳には、もう迷いは無かった。





「・・・・先輩・・?」
「え? あ、はい?」
不意に部屋の外から問いかけられ、望美はその声に答えて部屋の外へと足を運んだ。
「譲君どうしたの?」

「あ・・・いえ。 厠の帰りに・・・真夜中なのに話し声が聞こえたので・・・その・・どうしたのかと・・・」
もう大分夜も深まっていた事に、譲の言葉で今更気が付いた。
「あっ そうだったんだ。 ごめんね 別になんでも・・・」
「えぇ、何でも御座いませんよ。 譲殿」
「えっ?! 重衡さん!? ・・・・ど、どうしてこんな夜中に!」

「譲殿、その様な野暮な事はお聞きなさいますな――――」
そう銀が言ったかと思ったら、望美を後ろから抱きしめた。
「ちょっ、銀?! 人前でそう云う事しないでって・・・・・」

「お、俺戻りますね! お手間を取らせてすみませんでしたっ」
クルリと望美達に背を向け、脱兎の如く譲はその場を去っていった。


「ちょっと銀! 譲君 変な誤解しちゃったかもしれないじゃない!」
望美は赤くなりながらも、抗議の声を上げた。
「それでよろしいのですよ。」
「え?」
「私と貴女が先程の様な密談をしていた等と聞かれたかったのですか?」
「あ・・・」
「お声を掛けて来られたのが、譲殿でよかったです。」
そう言った銀の表情を、心許無い灯り頼りに見上げれば、
 今まで見たことの無いような、深い闇に吸い込まれそうな瞳に望美はビクついた。
「・・・? 十六夜の君?」
「・・・・あ・・ ご、ごめんなさい・・・」
「いえ。 私も少々きつい言い方になってしまったようですね。 申し訳御座いません」
銀はふわりともう一度、望美を自身の腕の中に抱いた。



本当に怖いのは――― 記憶を取り戻した『平 重衡』という男なのかもしれないと、望美はその時思った。




2014.01.11


後記

気付いたら結構長くなってしまいました。
次があまりにも短い為、ギャップが・・・(ry