結局誰を供だって平家へ赴こうかという事で、将臣と白龍だけを連れて行くことに決めた。
しかし、二人には企ては内緒と言う事で、皆にはただ両親に挨拶に行くだけなのだと言い渡した。
「もう帰ってくる保証はないから、一度は顔を合わせておいた方が良いと思ってね?」
「本当にそう思っているんですか? 望美さん」
そう、皆に告げた後 一人きりになった望美に、弁慶は話しかけてきた。
「うん? 何かおかしいかな・・・?」
「いえ・・・確かに戦は終わりました。 しかしまだ源氏という者に不信感を抱く者は多いでしょう」
「うん。 分かってる だから、最小限で行こうと思ってるんだ」
「・・・僕は行かなくても平気ですか?」
その言葉に、望美はドキリとした。 やはり気付かれている・・・。
今までの経験上、弁慶に隠し事をするのは難しいだろうと思えた。
それを踏まえて、銀とも話し合っていた。
真剣に、自分の思いを伝え上げれば平気だろうと・・・
少しでも、不振な表情は見せないようにと言われ、何度か練習もした。 きっと大丈夫だ・・・。
望美は徐に顔を引き締め、段取り通りに言葉を紡いだ。
「戦は起きないって・・・思ってる。 それに以前平家で薬師をしていた事もあるでしょ?
もしもそれで気付かれて、何か起こっても危険だし・・・ね?」
「僕の心配は良いんです。 貴女に何か有ったら・・・」
「弁慶さん。 もう、私の役目は・・・白龍の神子の役目は、終わったって思ってるんです」
「望美さん・・・」
「だからその・・・一人の女として、平家に行こうと思っているんです。
銀・・・重衡さんも、平家に一度戻る事には戸惑ってましたけど、今生の別れになるだろうからって説得したんです。
私だったらもう一度会いたいって・・・どんな形でも会おうって思うから・・・」
「貴女も帰るところがあるからこそ・・・ですか」
「はい」
その決意に満ちた眼差しに、流石に弁慶もこれ以上言葉を続けるのは躊躇われた。
「判りました。 もう何も言いません。 しかし、本当に気をつけて下さい。 何か有ってからでは遅いですから」
「ふふっ・・・ はい。 弁慶さんらしい返事を貰っちゃいましたね。 肝に銘じますね」
そう言って、弁慶は望美から去って行った。
その後姿を見て、望美は悲痛な面持ちで居た。
(きっと弁慶さんは裏があると解っていた・・・でもだからこそ、貴方を平家へ連れてはいけないよ。
本当は嘘を付くなんてしたくなかった・・・でも・・・・・・ 御免なさい)
そう、胸の内で自問自答を繰り返す他無かった。
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「・・・先生・・・」
「神子か どうした?」
「・・・お願いがあります」
此処では・・・と言うと、
リズヴァーンは望美をマントの内へ促し、隠形で人の居ない場所へやってきた。
「言って見なさい」
一呼吸置いて、望美はリズヴァーンに打ち明けた。
「はい。 先生の持つ逆鱗を戴けないでしょうか」
その真っ直ぐな眼差しを向けた望美を、悲痛な思いでリズヴァーンは見つめ返した。
「・・・・・神子 私の過去を知った神子・・・か・・」
「はい・・・ いえ。 皆の顛末を知っています。 先生は覚えていますか? 黒龍の事を・・・」
「お前が進んできた道を忘れる事は無い」
その言葉に望美はフッと微笑んだ。
「・・有難う御座います。 最後の決着を着けてから帰ろうと思っています」
「・・・・そうか・・・ お前がそう望んだのなら・・・ 私は行かなくて平気か?」
「不安はあります。 ですが、これは銀と二人で成し遂げたいと思っているんです」
「わかった。 けして無茶だけはしないように」
何時もそうだ。 先生は私の決めた運命〔みち〕ならば、反対をしない。
迷いがあるのなら、改められるだろう。
しかし、私をずっと見てきてくれているからだろうか、覚悟が出来ていると分かってくれている。
その事が、何よりも今までずっと心の支えになっていた。
「先生・・・ 今まで本当に有難う御座いました」
「お前が礼を言う事はない」
「先生が居てくれたから私・・・此処まで辿りつく事が出来ました」
「先生が私の・・・影になってくれていたから・・・」
「・・・・神子・・」
「・・・私が選んだ道だ。お前が気に病むことではない。
しかし・・・もしもただ一人、『あの時あの場所』に残されて居たのならば、私は途方に暮れていただけだろう・・・。
自分の生きていく価値を見出してもらった。 神子、私からもお前に礼を言いたい」
そう云い、リズヴァーンは望美に深々と頭を下げた。
「そんな! 頭を上げてください先生! 私は我が侭です。
こんな形で終わらせてしまう自分が・・・本当は浅ましくもあります。
自分の黒い部分を誰も知らない・・・それが寧ろ苦痛に思うほどに・・・」
そう、誰も知らない・・・先生も知らない自分の我が侭が今この状況を作っている。
それでも、それを止められない自分が居る。
「神子。 それは違う。 皆、我が侭だ。 私も同じだ、自分勝手な生き物に他ならない。
それでも着いて行こうと思う程の素質がお前にはある。 だからこそ、皆 お前の元を離れない。
自分を誇りに思いなさい。 お前は十分良くやった。 そう、私は思っている」
リズヴァーンは、そっと望美の手のひらに白龍の逆鱗を落とした。
「・・・・先生・・」
「神子・・・お前に幸在らん事を」
そう言ってリズヴァーンは望美の頭を撫で、微笑んだ。
2014.01.31