平泉との別れ



「敦盛殿 おはよう御座います」
その声に振り返ると、懐かしい姿をした銀が静かに佇んでいた。
「重衡殿――― あの頃に・・・戻ったような気が致しますね」
「・・・・えぇ」
そう言って、花が開くが如く銀は微笑み返した。
「―――その笑みも・・・」
「はい?」
「久しぶりにお目に掛かりました」
重衡としては、普通に微笑み返しただけだ。 何か可笑しかったのだろうかと首を傾げていると
敦盛は、微笑み返して言ノ葉を紡いだ。
「神子のお陰なのでしょう。 『牡丹の君』と云われた当時の微笑を、数年振りに拝見致しました」
その返答に、重衡は双眸を大きく見開いた。
「そう・・・でしたか?」
「ええ」
迷いのない返答に、そんなにも自分は表情の変化を表に曝け出していたのかと、恥じた。
しかしその一方で、そんな自分を取り戻させてくれた望美は、
 本当に、今の自分には無くてはならない存在だと気付かされた。
『今の自分』と『過去の自分』を繋ぐ事の出来る唯一の存在 ――― 。
愛しさがまた一段と込み上げてくる。
「有り難い事だと・・・、思うべきなのでしょうか・・ね?」
苦笑交じりに問い返すと、
「えぇ そう、私は思います」揺ぎ無い返事が返って来た。


「私の事を、お二人は最初から気付いて居られたのでしょうか」
兼ねてより、気にはしていたがなかなか機会が得られず、今だからと聞いてみた。
其れに対し敦盛は頷き、隠すことなく答えをくれた。
「はい・・・ しかし、『銀殿』は知らないと仰っておられました。
私達にとっても、平家方である事もありましたし、ましてやそれで重衡殿に不都合が生じては・・・と」
「お手数をお掛けしてしまいましたね」
薄々そうなのだろうとは思っていたが、やはり気を使わせてしまっていたようだ。
「いいえ その様な事はありません」
首を振り、敦盛は微笑んだ。


「あの・・重衡殿・・・ もう・・記憶は全て取り戻したのですか?」
敦盛は少し言葉を詰まらせながらも、気になっていた事を重衡に質問してみた。
その質問に、重衡は眉根を寄せ考え込んだが、言葉を選んで答えた。
「・・・・・・・そう・・・ですね・・・」
「数日前から、大分はっきりとしてきた様に思います。 戻る事を意識したせいでしょうか・・・ね」
「戻られる事に・・・その・・・不安はないのですか・・・?」
またもたどたどしく聞く敦盛に対し、気を悪くせずに重衡は答えた。
「戻ると言っても、父上にお目通りをしたら直ぐ去るつもりですからね。 不安は特には・・・」
「あの・・・」
敦盛は言葉を濁したが、重衡は直ぐに察した。
「兄君のことですか?」
「・・・・・・」
重衡という人は、敏い人〔さとい〕だと解っていた。
だからこそ、甘えてしまう自分が狡賢いのではと思ってしまう。
しかし重衡は、敦盛をそんな風には微塵にも思わず、弟君に諭す様に話しかけた。
「将臣殿のお話ですと、経正殿は壇ノ浦でご無事だったようですし、南の島にいらっしゃるでしょう」
「私から何かお伝えしておく事が御座いましょうか」
その言葉に、少し迷いはした様だが敦盛は願い出た。
「・・・怨霊になった身で、この様な事を言うのは憚れる気が致しますが・・・」
「私はもう平家へ戻る事は在りませんが、天上へ昇るその日まで、地に足を着け生きていくと・・・
 そう、お伝え願えますでしょうか」
その真摯な眼差しを銀は受け止め、ゆっくりと頷き返した。
「えぇ。 しかとその旨、経正殿にお伝え致しましょう。
貴方が此処に留まられるのは、意味がある事だと・・・神子様も仰っておいででした。
ですから恥じぬ様、永らえて下さいませ」
「重衡殿・・・有難う御座います」
自分の我が侭を重衡に押し付ける様な事は、本来してはいけないのだろうと自重しようとしていた。
しかし、この兄の様に慕っていた人にしか頼めないと・・・
 そう思い、紡いだ敦盛の言ノ葉に重衡は優しく微笑みかけ、心を落ち着かせてくれた。
「いいえ。 私に出来る事など殆どないですから・・・このくらい雑作も御座いませんよ。 御気になさいますな」
そうして二人 和やかに話続けていた。



「まあ 誰かと思ったら、銀殿だったのね」
その声に振り返ると、朔が濡れ縁から二人を見下ろしていた。
「はい おはよう御座います朔殿。  神子様は・・・」
何時もの事なのか、苦笑しながら朔は答えた。
「あの子まだ寝ているみたいなの。 ごめんなさいね」
「昨日、遅くまで語り合ってしまったから」
朔は銀に、ニッコリと微笑んだ。
「羨ましいですね。 私では頬を赤らめて逃げられてしまうでしょう」
銀の返答にクスクスと朔は笑い
「今から起しに行こうと思っていますけど・・・」
「ご一緒、よろしいでしょうか」
その言葉を朔は待っていたのか、直ぐに頷き言葉を返した。
「ええ もちろん」
「では、敦盛殿 またのち程」
二人の会話に敦盛も微笑をしつつ、はい と答えた。



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「望美、もう朝よ。 そろそろ起きないと、朝餉を食べ損ねてしまうわよ?」
「―――ん・・んン・・ 後少し・・・」
「もぅ・・・」
そんな望美に、飽きれ声を出しはするものの、微笑ましく朔は見ていた。
「・・・お願い出来ます?」
その言葉にコクリと頷いたのを見て、朔はその場を後にした。


「―――十六夜の君・・・ 今日はご出発の日で御座いますよ。
 ・・・その様にずっと寝ておられますと、添い寝を致しますよ?」
耳元に生暖かい息を吹き掛けられ、思わずガバッと起き上がった。
「―――・・・っ! しろが・・・っ・・ね?!」
「はい よくお眠りだったようで。起すのは忍びなかったのですが・・・」
そう言いつつも、寝起きの望美を見るのはあまりない事であった為か
銀はニコニコと微笑みながら、慌てふためく望美の姿を眺めていた。
「あ・・ぅ・・ありがとうっ  って、ちょっと待って!こんな格好見せられないっ!!」
頭が回り始め、望美はようやく身の回りの事が鮮明になり、夜着のままを見られていると気付いて
慌てて上掛けを身体に纏わりつかせる。
「私は、その格好でも十分よろしいですが・・・」
「だ、ダメダメ!よくないっ!!  す、直ぐ着替えて皆のところに行くよ!」
数日前の真剣な話し合いを思い浮かべると、出発当日になってもこの変わらぬ神子様の様子に、
流石の銀も苦笑を隠せない。
それを感じ取った望美は、ぐぅの音も言えずにシュンとした。
「うぅ・・・ご、ごめんね 銀・・・」
「いいえ。 父上にお会いするのも、緊張なさらないで済みそうですね」
「そ、それとこれとは・・・・ あ、あれ? 銀、何時もの服は?」
今まで自分の事で頭が一杯で、銀の格好が何時もと違うことに今更に気付いた。
「流石に平家に戻るのに、あの格好ですと何かと不便が生じるかと思いまして、
急ぎ仕立てていただきました。 可笑しいでしょうか」
その言葉に、無意識に首を横に振りつつも頬を赤く染め ほぅっと、望美は魅入った。
「・・・うぅん 初めて会った時を思い出すよ。 やっぱり銀は、そういう服似合うよね」
そうでしょうか? と、小首を傾げる様も優美で居て、やっぱり貴族なのだなと改めて思う。
それは、服が変わってしまっても立ち居振る舞いは変える事は出来ないものだったのだと思いつつ、
何故こんなにも、『彼』とは雰囲気が異なるのに、間違えてしまったのか・・・。
『二人』に申し訳ない気持ちがした。
「どうか致しましたか?」
「あ、うぅん 何でもないよ。 えっと・・・着替えたいから・・・あ・・」
そう言えば、朔の部屋で寝たのだ。
着替えが手元に無いことをすっかり忘れていた。
すると銀が後ろへ手を伸ばし、こちらに・・・と、綺麗に畳まれた望美の服が其処には有った。
「朔殿から預かっておりました」
「・・・っ ・・・ありがとう・・」
いいえ と云って微笑み返した銀を見て、自分の不甲斐無さをまた一つかみ締めた望美だった。



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「秀衡さんに挨拶は終わったし、後は泰衡さんに挨拶して川湊へ行こう」
その言葉に皆頷いて、伽羅御所へ歩みを進めた。



「白龍の神子殿、 銀・・・いや・・・重衡殿と御呼びした方がよろしいか?
ようやく平泉から去ると思えば、平家の地へ向かわれるとは。 また混乱を起されなければ宜しいのですがね」
「泰衡殿! そんな言い方はないだろう!」
その皮肉染みた物言いに、カチンと来た九郎は直ぐに非難の声を上げたが、銀が制した。
「九郎様。 泰衡様がそう思われるのも詮無き事で御座いますので、お怒りを静めて下さいませ。」
「・・・・・っ」
「ふん・・・ 拾ってやった恩も忘れ・・・しょせん駄犬は駄犬だな。 とっとと何処へなりとでも行くが良い」
「申し訳御座いませんでした。 今まで、傍に置いて頂き有難う御座いました。」
「―――銀・・・」
泰衡の言葉に、流石に望美も重苦しくなり銀の袖口を掴んだ。
望美に振り向いた銀は、ニコリと微笑み返し、大丈夫だと頷いた。
「拾って頂いたご恩は、生涯忘れは致しません。
 しかし記憶が戻った今、また神子様に刃を向けるのであれば容赦は致しません。」
「・・・・・・」

凍り付くような沈黙が二人の間を支配した。

固唾を呑んで周囲が見守る中、ゆっくりとまた銀は言葉を紡いだ。

「私は平家に挨拶に行くだけで御座います。 もはや一門との関わりは絶つつもりで御座います。
 それだけは憶えておいて居て下さいませ。
私からは、一切 平泉へ危害を加えないともお誓い致します。」
「ふんっ  駄犬の言葉が信用に値するとも思えん。
 だが、その言葉を違える事があれば、お前達・・・いや、此処にいる全員、平泉とは敵になる事を憶えておけ」
「はい。」
「話がそれだけなら失礼させてもらう。 誰かさんのお陰で、まだまだ処理に追われているのでね」
そう言って直ぐに踵を返した泰衡は、その場を後にしようと歩きだした。

「・・・っ あ、あの! 泰衡さん! ・・・今まで匿ってくれてありがとう!」
望美の言葉にピタリと泰衡は足を止め、振り向かずに言葉を放った。
「・・・・ 礼など言われる憶えは無い・・・」
ボソリと呟いて、泰衡はその場を後にした。

「・・・ごめんなさい」
「神子様が謝る必要など御座いません。 私が主を裏切ったことは事実で御座いますから。」
「でも・・・」
瞳を戸惑わせる望美に、銀は望美の頬に触れ、優しく微笑み返した。
「私は神子様と歩む道を選んだ。 それだけの事で御座いますよ」


「私事で長引かせて申し訳ありませんでした。 川湊へ向かいましょう」
銀は深々とお辞儀をし、その言葉に皆 黙ったまま頷いて、歩みを川湊へと進めた。


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「では、僕と九郎はこのまま平泉に暫く留まります。ヒノエと敦盛殿は熊野へ。
 譲君と朔殿、リズ先生は熊野から京へ・・・ そして、君達は南の島へ」
弁慶の言葉に頷き、皆に謝罪の言葉を望美は陳べた。
「うん。  皆、突然こんな事を言い出してごめんね・・・」
そんな望美に朔は歩み寄り、手を取り微笑んだ。
「悔いが残らないようにするのは大事な事よ。 望美」
「朔・・・ 有難う」

「ヒノエ君もありがとう。 急なお願いなのに早舟を出してくれて」
その言葉に、ヒノエは笑顔で望美に近づき手を取った。
「なーに、姫君のお願いとあらば、叶えない訳にはいかないだろ?」
「今からでも遅くないぜ? 平家に行かないで、熊野に来てくれても・・・」
「ええっ?!」
戸惑い頬を赤らめた望美の後ろに銀は歩み寄り、やんわりと手を離させた。

「ヒノエ様、あまり神子様をからかわれませんよう」
「それはあんただけの特権だからかい?」
「はい、私は 嫉妬深いものですから」
「神子様の頬を染めるのは 私だけでいいと思っているのです」
「はあー・・・・・」
「ふふっ、君の負けですね ヒノエ」
「ったく、なんの勝負だよ。 お前らも余裕だな」

「重衡殿・・・・ 平家の事、・・・よろしくお願い致します。
 そしてどうか、別の世界に行っても・・・・ご健勝で」
「・・・・ええ・・・敦盛殿 あなたもね」
「銀 向こうの世界に行っても、神子を頼む」
「先生・・・」
「―――ええ 私のかけがえのない方ですから」



「先生、譲君、申し訳ないけれど朔の事よろしくお願いします」
「うむ」
リズヴァーンの言葉に望美は頷いてから譲を見、申し訳無さそうな表情をした。
譲は微笑んで、望美に負担を掛けないように用意していた言葉を言った。
「はい。 無事、京へ送りますよ。
 それに俺の師もどうしているか気になっていたので、丁度良い機会を貰ったと思ってますから、
俺の事は気にしないで下さい。
其方こそ危険かもしれませんが、ゆっくりして来て下さい」
そんな譲の言葉に笑って、何時もの余裕を見せて将臣は言った。
「なーにダイジョブだって。 俺が付いてるんだからな」
「まあ確かに。 還内府殿が居れば大丈夫かもしれんな」
「何だよ九郎。 まーだ根に持ってんのか? そんなんじゃ何時まで経っても女が出来ねーぞ?」
茶化された将臣は、お返しとばかりにニヤニヤと九郎の痛いところを付く。
「な・・・っ?! そ、それとこれとは関係ないだろう!?」
一時は一触即発だった二人も、最後は青龍同士 気が合った様だった。

何だかんだと軽口を叩きながらも最後の別れを惜しんで、皆色々話していた。


「あ!!! 忘れるところだった!」
望美が唐突に大きな声を上げたので、皆は一斉に注目した。
「ど、どうしたんです?」
「これを―――」
そう云って望美が懐から取り出したのは、小さな緑の宝珠だった。
「それは―― 景時さんの・・・」
「うん・・・ 以前言ってたでしょ? 星の一族に珠を返すって。 もうこの珠は役目を果たし終えたから・・・」
淋しげに俯いた望美を少しでも励ます為、譲は出来るだけ明るく言葉を返した。
「解りました。 星の一族の方に渡して起きますね。
 もしも、京へ戻る際に俺達の珠も外れれば其れも一緒に」
「では、僕達も外れたら朔殿の元にお送りします。
 申し訳ありませんが、その時は返すのをお願いしてもよろしいですか?」
「ええ 構わないわ」
弁慶の申し出に、朔は頷いて快く快諾した。
「皆 ありがとう」
皆の気遣いに励まされて、望美は微笑んだ。



船に乗り込む直前、重衡はフッと気になり後ろを振り返った。
すると其処には俯いた敦盛が居た。
望美に断って、重衡はそっと近寄りもう一度別れの挨拶を口ずさんだ。
「敦盛殿、ご健勝で」
「・・・重衡・・・殿・・」
その言葉にハッとし、面を上げた敦盛は憂いた表情を滲ませていた。

何だかんだ元服が済んだ身と言っても、
 まだまだ経正や自分の後ろを歩いて居た頃の面影が、自分の中にはある。
昔から仲の良かった経正との縁で、自分にも懐いてくれていた敦盛。
経正の事や、平家の事がやはり気になるのは事実なのだろう。
だが、そんな幼い気持ちを打ち明ける事など憚ると、分かって前を見据えて行こうとしている。
死ぬことも出来ず、自分の帰る場所も満足に選べずに・・・
 それでも必死にもがこうとしている敦盛は、自分よりも芯が強いと感じていた。
そんな敦盛を、本当の弟の様に可愛く思っていた。
そっと、その身体を抱いてやる。
「・・・っ しげ・・ひら・・・殿」
「たまには自分の気持ちを押さえ込まずにしなさい。 そう、経正殿なら仰るでしょう」
「・・・・っ」

「・・・・私は・・私には・・・何時か死が訪れるのでしょうか・・・・・」
「敦盛殿・・・」
「私は・・・どうすれば良いのでしょうか・・・」
「・・・残念ながら、私にはその答えを見出す事は出来ません。 
 本来 怨霊は憎しみや悲しみから生み出される者が多い。 然し敦盛殿にはそれがありません。
 そう遠くない未来、願いが叶えられるかもしれません」
「・・・・・」
「貴方の御霊〔みたま〕はとても綺麗で御座います。 斯様に不安になる事はありませんよ」
そう、重衡は言うしかなかった。

敦盛には、その言葉の内容は解決に至るモノではなかっただろうが、
その言い方や物腰が、経正を思い出させたのだろうか・・・、すっと一筋の涙が頬を伝っていた。
それを感じ取った重衡は、経正を真似て囁いた。
「・・・・ ―――敦盛。 大丈夫だ、お前なら・・・・大丈夫だよ」
「あに・・うえ・・・」
そう言って重衡は微笑み、もう一度しっかりと抱きしめてやった。






「譲。 時が満ちたら、合図を送るよ。 そうしたら一緒に元の世界へ戻すよ」
「はい。 判りました。 無事、重衡さんのご両親と再会出来る事を祈ってますよ」
その言葉に頷いて、皆 一様に船に乗り込んだ。

「皆! 今まで本当にありがとう! ずっと一緒に居れた事、嬉しかったよ!」
望美は別れの言葉を発して、皆が見えなくなるまでずっとずっと手を振り続けた。

そして船は、四人を乗せて南の島を目指して進み始めた。




2014.05.05


後記

重衡と敦盛の絡みを書いて置きたかったなーと思ったらこんな感じに・・・
ゲーム中の会話の部分は敢えて、表現文は入れていません。