彼是と、仕度や久しぶりの対面を果した後、
 ようやく望美と重衡が対面出来たのは、宴の始まる直前であった。

通された部屋の中、後ろを向いていた望美がゆっくりと振り向き、恥かしがりながら重衡に微笑んだ。
暫く経っても重衡は、返事を返さず望美を見詰続けていた。
「ぁっ・・あの・・・」
流石に息詰って、望美はどうしたものかと声を掛けた。
「―――っ 見紛うばかりにお美しくなられて、寸の間惚けてしまいました。
 とてもお美しゅう御座います。 十六夜の君―――」
顎に手を沿え、頬をそっと指でなぞる。
その動作だけで、望美の頬は上気する。
「あ・・りが・・と・・・」
眼を合わせるなど出来るはずも無く、伏目がちに言葉を紡ぐ。
「その軽く結い上げた髪型もとてもよく似合っております」
頬に添えていた指は、クィと俯いた首を上へと持ち上げ、
親指で唇をなぞって、重衡が今にも口付けようと顔を近づけてきたので、慌てて胸を押し返した。
「しっ、重衡さんっ!!」
小首を傾げる重衡に、時子は軽く咳払いをし
「紅が落ちてしまいますよ。 床に着いたらゆっくり二人きりを楽しんで下さいな。」
母親が居た事を気にもせずに重衡はいたが、望美は眉根を寄せ唇を尖らせていた。
その表情に寧ろ触発されたが、しょうがないと苦笑し
「仕方がないですね。 今はじっくりと貴女のその麗しいお姿を瞳に焼き付けておきましょう」
そう云うに留めたのだった。
「あの・・・」
「はい?」
「私はどうすれば、いいの・・・かな?」
宴の最中、自分はどの様な行動を取れば良いのかと、
  瞳を揺らし悩ましげに眉根を寄せて尋ねた。
重衡は、そんな望美に優しい瞳で見詰め、
「私の傍で、ずっと離れず微笑んで居て下さいね?」
「へ・・・? あ、あの・・・宴の話・・・だよね・・」
「ふふっ」
そう言って、きょとんとして瞬きを繰り返す望美にニコニコと微笑み返すだけだった。

少し呆れたようにやり取りを見守っていた時子だったが、
  本当に好いているのだと分かる雰囲気に安堵の表情になった。


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将臣、重衡、望美の三人の登場で、宴は高らかに開宴されたのであった。

重衡の事は もちろん心配はされていたが、
 やはり平家内では重衡よりも『重盛とされていた』還内府こと、将臣の事を
皆は無事帰還してくれた事に、喜びの声が高められていた。
その事に関して重衡は、重盛兄上が記憶を失っていた自分を助けてくれ、
 十六夜の君と共に平家の事を思い出させてくれたのだと語った。
その話に皆は食いつき、源氏に寝返ったのかと思っていたが違っていたのかと謝罪し、
 今後とも平家一門を導いてくれと祝福されたのだった。

今度は重衡と望美に対する質問へと続いたが、
  ことごとく重衡が甘い言葉と望美への甘い視線で打ちのめしていった。
周囲が呆れる程に、重衡は望美を好いて止まないのだと皆の前で見せ付けていたのだ。
その甲斐もあってか、久しぶりに重衡との会話を楽しみたいと思っていた女人も近寄る隙が全く無く、
男達は遠くから、「これは尻に敷かれるな」と言うと、
重衡は「それは本望だ」と云うほどで、皆で笑い合い、宴はわいわいと直ぐに和やかな雰囲気になっていった。


そんな中、安徳帝は久しぶりに再会出来た 重衡達の許へと歩みを進めた。
「還内府殿!無事で何よりであったぞ!」
「おぅ 安徳帝。 俺が簡単に死ぬタマだと思ってたのか?」
それもそうだなと、二人笑い合って再会を喜び合った。
「重衡殿!十六夜の君! 私と年端が近い者は此処には居ないのだ・・・だから早く子を産んでおくれ」
その無邪気な言葉に重衡の隣に居た望美と将臣は同時に咽た。
「はい。 安徳帝、励ませて戴きますね」
子供相手でも、さらりと微笑みそんな言葉を言ってのける重衡に、
 流石に免疫の付き始めた望美も頭がクラクラとした。
「しろっ、重衡さん!!」
「はい? どうされました、十六夜の君?」
後に続く言葉を発するよりも早く、重衡は望美が掴みかかろうとした手を取りこう続けた。
「私は直ぐにでも、貴女との子を授かりたいと素直に思ったことを申し上げたまでで御座いますよ?」
嬉しそうにニコニコと見詰られ、抗議の言葉を上げようとしたが周りの視線が気になり、
 既に赤く色付いていた頬をさらに真っ赤に染め上げる事しか出来なくなった。


宴が盛り上がってきた頃、ボソリと将臣は重衡に呟いた。
「おい・・・何時の間にあんな作り話 用意しておいたんだよ」
小声でそっと耳打ちした言葉に重衡は、
「はて。 何の事で御座いましょうか。」と、あっけらかんと答えただけだった。
将臣は、先程の皆に自分が重衡を救ったのだと勝手な事を言い出した事が気に食わない。
少し考えるそぶりを見せながらも、睨んでこちらを見る将臣に合点が言ったのか、
「あぁ。 あぁ言っておけば、皆楽しく酒肴も進みましょう?」
ニコリと笑って、もう将臣との話は終わったと、望美の方へと視線を戻していた。

先程の、清盛と重衡の二人の行動。
あれが気になるせいか、どうも今の将臣としては重衡の心の内が全く理解出来る所ではなかった。
一つ一つの自分への言動に、ついつい反発を強めていくのが自分でも分かる。
そんなことを考えながら望美を見ると、
  何時も通りの少しオドオドしながらも顔を赤らめているのが見て取れて
アイツはそれでも良いのかと、呆れ半分悔しさも出てくる。
「・・・俺の方が幸せに――」
「兄上、何か?」
「っ! い、いや 何でもねぇよ!」
何時の間にか口走ったていた言葉に焦り、重衡と望美の傍から将臣は離れて行った。



安徳帝が舟を漕ぎ出したのを見て、
 二位ノ尼は優しく抱き寄せて先に辞すると云って宴を後にした。



「今日一日で、姫君は色々とお疲れで御座いましょう。
   皆様には申し訳有りませんが、先に失礼致しましょう」
一番疲れたのは、今の今まで宴の席での重衡の甘い言葉攻めだったとは言えず、
  ただただその言葉に頷くしかなかった。

まだまだ宴は続きそうであったが、もう二人の事などお構い無しで盛り上がっているようで
 誰も二人の退席を拒む者は居なかった。


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通された部屋には、真ん中に一つ寝床があるだけであった。
「――っ! あ、あの・・・銀? まさか本気で一緒に寝るとか・・・無い・・よね?」
流石に望美は焦った。
「私と床を共にするのは―――厭で御座いましょうか・・・」
「そ、そんな・・・事は無い・・けど・・・でも、急・・過ぎるよ」
「では、そんなに硬くなさいますな」
銀はそう言って、一箇所だけだった行燈の火を増やし、奥へと歩んでいった。
暫くするとスルスルと、衣擦れの音が聞こえる。
 奥の方では、銀が着ていた狩衣を脱いでいるのだろう。
どうしよう・・・頭が混乱し、微動だにしない望美を他所に、銀は夜着に着替え終えていた。

固まったままの望美を、銀はそっと背後から包み込み、
「そんな、緊張をなさらないで下さいませ。
  ―――何時の日か、私と夫婦〔めおと〕になってくださるのでは御座いませんか?」
そう言われても、突然の事にやはり簡単には順応出来ない望美は、困惑顔で銀を見上げていた。
「その様に怯えた瞳で見詰られては――、手を出す気は削がれますよ」
そう言葉を発しながら、銀は望美の帯〆に手を掛けてハラリと解く。
「っ じ、自分で出来るから!」
銀のその動作で、動く事が出来なかった望美もハッと弾かれるように身じろいだ。
「分かりました。 では、用意が整うまで――・・・  あぁ。 少し野暮用を思い出しました。
  少々出払いますが、直ぐ戻ってまいりますので先に床で寛いで居て下さいませ」
そう言って微笑むと、上に軽く衣を羽織り、銀は部屋を後にした。

寛ぐにしても何につけてもどうすれば良いのか分からず、だが銀は直ぐ戻って来ると言っていた。
恥ずかしい姿を見られたくは無いと、急いで夜着に着替え床に臥して眠れるのならば先に寝てしまおうと、
 隅の方で身体を縮こませて床に就いた。

―――戸が開く音が聞こえた。 
衣擦れと、こちらへと近づく音で自分の心臓が早鐘を打つのが分かる。
自分と反対側の布団の一部が捲れた事が外気が吹き込み直ぐに分かった。
身体を硬くしていたのに、背に銀の温もりを感じたら、直ぐに緊張が解れてしまった。
その分一気に頭に血が昇った様で、顔はすぐさま真っ赤に染まっていった。
「お・・・お帰り・・・なさい」
「ただいま戻りました」
耳元で囁かれる言葉に、望美は背がゾクゾクとした。
それを気付かれたくなくて、身体を反転して銀と面と向かう。
そんな望美に微笑んで
「大丈夫です。 何も――致しはしません。 安心してお眠り下さい」
何もしないと告げた矢先に、額に口付けをしている時点で、
  銀の何もしないは何処までの話なのかと眉を寄せて困ってしまった。
じっと顔を見られるのが恥ずかしくなって、銀の胸に顔を埋めた。
そうすると、あの大好きな香りが仄かに立ち昇ってくる。
銀の纏う香りをゆっくりと深呼吸をして、肺の隅々まで香りを行き渡らせてゆく。
 繰り返すうちに、気持ちも落ち着いてきた。


「明日、決着を着けようと思っております」
「銀・・・」
その言葉にハッとしたが、愛おしそうに微笑む銀をじっと見詰める。
「ですから、ゆっくり休みましょう」
不安で瞳を揺らす望美にゆっくりと、ゆっくりと優しく・・・
 愛おしく髪を撫でる銀の動作に、望美は子供の様な安心感が襲ってくる。
遠い日に、一度だけ銀の床に忍び込んだ事がある。
 その時の想いと感情が交差した。
「うん―― ありがとう」
銀は頷いて、その言葉に答えた。
「お休みなさいませ」
「おやすみなさい」

そうして、ようやく落ち着いて、深い眠りへと落ちていった。


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どの位の時が経ったのだろう。
先程まで感じていたはずの温もりが近くにない。
周りを少し見回すと、薄く香る墨の匂いと仄かな灯り。
気配を絶って、そちらへと向かう。
「眠れないのですか?」
筆を動かしていたはずの銀は、
  気配を消したはずの望美に直ぐ気付いた様子で微笑み顔を上げた。
机を見れば、所々見たことのある文字が並んでいた。
「写経・・・お邪魔しちゃったね」
「いいえ。 今し方、終わったところで御座いますよ」

「喉でも渇きましたか? お持ちいたしましょう」
その言葉に、未だに神子に仕えていた者の態度が露わになる。
片膝を付いて、今にも立ち上がりそうな銀に望美は慌てて手を振った。
「此処でそんな事させられないよ!」
「お気になさいますな。 平家には貴女様は不慣れですから」気にせずとも良いと―――。
その言葉に頭を振って否定する。
「うぅん。 別に喉は渇いてないから・・・大丈夫。有難う、銀」
「では・・何か不安でも御座いましたか?」
その言葉で、寝る前は嫌がっていたのに、今は銀の温もりが無くなってしまった事が厭だったのだと、
 恥ずかしくて言える筈もなく、望美は俯いてしまった。
その仕草で銀は察してくれたのか、
「お待たせしてしまったようですね。 明日も大変ですから、もう休みましょうか」
俯いたままの望美だったが、コクリと頷くのをしっかりと見届けて、
 銀は望美の手を取り二人、床にもう一度着いた。

先程 自分が抵抗しそうになった時、きっと銀は少しの距離を置いて待ってくれていたんだ。
そして、望美を想って本当に何もしてこない。
子供の自分にこんなに気を遣って貰っている事に、申し訳ないと思う反面、
 大切にして貰えてるという実感も湧く。
それがやはり嬉しかった。
「・・・銀」
「はい?」
「ごめんね。 ありがとう」
何と返せば良いのか困っている銀に、望美から腕を回して、お休みなさいと告げる。
そんな自分の奇妙にも取れる行動でも、銀は直ぐに理解してくれ背を撫ぜてくれる。

「十六夜の君――」
「――ん?」
「唇を先程は奪えなかったので――、宜しいでしょうか?」
顔を上げるのも恥かしくて、掴んでいた袖を引いた事に気付いてくれたのか
銀はゆっくりと味わうように口付けて、
  恋うています―― と、掠れた声で囁いた。

銀はしっかりと望美を抱き寄せて、お休みなさいませ と優しく囁き、
それに望美は頷いて、 二人は眠りに着いたのだった。



2015.01.17


後記

考えがまとまるまで凄く時間が掛かりましたが、
頭の中の重衡が動いてくれたら、数日で話は書き上げられました。
取り合えず進められてよかったよかった。