牡丹の君



「譲殿、お手伝い致します」
「座っていて良いですよ」
「いいえ、こちらの事を少しでも覚えたいので」そう言って微笑むと、譲の隣に立った。
「兄さんにも見習って欲しいもんだよ・・・」
譲はそういって、テレビを見て寛いでる将臣を睨み見た。

カチャカチャッと、食器を洗う音が静かに響いた。



暫くして、ポツリと銀は言葉を発した。
「・・・譲殿、私は学校には行けない身。 神子様の事、よろしくお願い致します。」
急に銀は譲に願いを申し出した。
「えっ・・・? 俺は・・・、重衡さんは誰にも先輩を近付けたくないと言うのかと思いましたよ・・・」
「ふふ・・・ 本来ならば、そう言いたい所で御座いますが・・・
慣れぬ地で神子様に煩わしく思われたくもないのです」
「信頼・・・しておりますから」
そういうと、譲・・・そして将臣を見て微笑んだ。
「俺達が先輩の事を・・・奪うかもしれない・・・それでもですか?」
「はい 信頼しております」
「・・・・・ はぁ・・・ じゃぁ、ヒノエには何故あんな事を言ったんですか?」
「あの言葉は真実に御座います。 誰にも神子様の髪一本、本来ならば触れさせたくはない。
ですが、こちらでの事情を知らぬままの私の言動で、神子様の顔を曇らせたくはないのです。
そして・・・・・、お二人に嫉妬の念も、もちろん御座います」
「嫉妬・・・ですか・・・」
「はい。 私は一生 神子様の『幼馴染』にはなれません。
私には見せぬ表情を、お二人に返しているのを見ると苦しくなる事も御座います。
しかし、其の事で私が割って入り、神子様の表情が曇られる方が私は耐えられないのです。
そして・・・・・私の見る事の出来ない表情を引き出せるのも、私以外の者だと分かりましたから・・・」
「・・・・・・・」
譲は何か考えるかのように、手を止め沈黙した。
「譲殿・・・?」
「俺が居ない間に何かあったんですか?
以前の・・・俺が知っている『銀』とは微妙に違う気がします・・・」

「そう・・・ですね・・・ しいて言えば、過去を思い出したからかもしれません。
ですが、以前の自分に戻った訳でもありません」
「記憶を失くす前・・・という事ですか?」
「はい 確かに記憶は戻りました。 しかし、昔の自分に戻りたかった訳でもないのです。
神子様が知りえる私に戻ればそれでよいと・・・・・」
淡々と、銀は語り始めた。

「以前の私は、自分を取り巻く環境に飽いて居りました。
そんな折りに一輪の花が咲いたのです。
其の方の為に自分は変われたらと・・・そう思い描いておりました。
その可憐な花が萎まぬように・・・何時も華やかに微笑みかけてくれるようにと・・・
その様に考えるようになったのです。
後は先ほど述べた通りで御座います」

譲には、銀の云う過去がどの程度、遡った過去なのかは分からない。 だが・・・
「・・・俺は、何故先輩が貴方を選んだのか分かりませんでした。
八葉でも、ましてや幼馴染でもない貴方を選んだ・・・。
ヒノエや弁慶さんだって、先輩をその・・・口説いていたけれど、貴方の言葉にだけ敏感に反応していた。
そんな・・・ 一時の戯言のような言葉を先輩は信じるのかと思っていたんだ・・・。
本当に先輩を守りきる事なんて出来るのか。 真剣に考えてるのかって・・・
 けれど、二人が幸せそうに笑っているのを見ていたら、何も言えなくなりました」
ふぅ、と譲はため息をついた。
「譲殿・・・」
「今 重衡さんがおっしゃった事が本当なら、お手伝いしますよ」譲は銀に微笑みかけた。
「譲殿」
「俺だって、先輩の顔を曇らせたくはないですから。 今は、先輩が選んだのが貴方でよかったと思っていますよ」

「譲殿・・・ 有難う御座います」
そう言うと、本当に花がゆっくりと開くかのごとく、ふんわりと銀は微笑を返した。
それを見た譲は男であるのも忘れ、少し顔を赤らめてしまった。


そして気付く、これが牡丹の君と云われた所以か・・・と。



2013.9.7


後記

譲と銀の絡みって難しいですね・・・ 帰ってきた夜の日の話