期末



来週から試験と言う事で、望美は必死に勉強に取り組んでいた。

銀は神子様のお役に立てず、不甲斐無い思いです。
と、ションボリとしていた。


学校から戻って、ずっと部屋に閉じ篭ったまま勉強をするのも飽きて、
気晴らしに居間で うーんと唸りながら教科書とにらめっこをしていた望美を銀は見つけ、
何か飲み物でも入れて差し上げようと、キッチンへ向かった。

ホットココアを手に、望美のところへ歩み寄る。
気配に気付いた望美は後ろを振り返り、甘い香りが立ち込めたので顔を綻ばせた。

「少し休憩なされては如何でしょう」
そういって、ホットココアを手渡した。
「うん・・・そうだね。 ありがとう 銀」
にこりと微笑んだ望美の向かいに、銀は腰を降ろした。
銀は、望美の取り組んでいる物に興味津々だった。
「少し、拝見してもよろしいでしょうか」
「ん・・・ 教科書? 良いよ」
「有難う御座います」といって、教科書をペラペラとめくっていく。

「私の見当の付かない様な事柄が多いですね。 お役に立てそうに御座いません・・・」
「えっ そんな、銀が悩まなくても良いんだよ。 自分の頭の悪さがいけないだけだし・・・」
「神子様。その様な事は決して御座いませんよ」
と、にこりと即座に望美の言葉を否定した。

一冊の教科書を見ていた銀の手が止まった。
「これは・・・」
「ん? どうしたの?」
「これもその・・・期末テスト、と云う物に関連するのでしょうか」
そういって、今見ていたページを開いたまま望美に銀は見せた。
それは、古文と漢文の教科書だった。
「うん これもテストの一つだよ」

「左様で御座いましたか。 これならば、私も少々お手伝い出来そうです。
何か解らない事が御座いましたら、何なりとお聞き下さい」
「あ! そうか、銀には古文は通常語だものね。 じゃぁ分からないところ聞こうかな」
「古文とはこちらの事でしょうか・・・ これは女人の方などが多く手掛けた日記や歌などが主ですね。
私たちの通常用いる方は、漢文の方で御座います」
「え・・・あ。 そ、そうだったんだ・・・ ごめんね」
「謝る事は御座いませんよ。 どちらも分かる範囲だと思いますので、お教え致しますね」
そう云うと、銀は望美の横へ場所を移動した。
「えっと・・・じゃぁ 此処から・・・」ペラペラとページを捲り・・・ 
「此処までが一応今回のテスト範囲なんだけど・・・」
「はい。 少々読ませて頂けますか?」
コクコクと、頷いて銀に教科書を渡した。

「これは枕草子で御座いますね。 有名でしたので、覚えております。
 漢文は・・・知りえない物ですが、読めますのでお教え出来るかと」
「本当?! じゃぁ・・・お願いします・・・」ペコリと望美は銀にお辞儀をする。
「はい」銀は微笑んで、掻い摘んで、幼子にでも解るよう・・・話すよう、望美に説明していった。


「凄い・・・ 時代背景とか、その人の考えとかまで銀が教えてくれると分かるようだよ・・・
 此処まで分かってると、内容忘れにくいね。 銀、勉強教えていたりしたの?」
「読み書きなどは、多少・・・ しかし勉学などを教えるほどの事は致した事は御座いませんよ。
私のつたない説明で、ご理解頂けたのであれば、至福に御座います」
「つたないだなんて、私物覚え悪いから、本当に分かり易かったよ ありがとう」

「その・・・ また、たまに教えてもらっても・・・いいかな・・・?」
上目遣いで、懇願する望美を誰が断れると云うものか。
否、断る理由は全く持ち合わせていない。
「えぇ 私でよければ幾らでも。 他にもお教え出来れば宜しかったのですが・・・・・・ あ・・・」

「どうしたの?」
「神子様。 こちらは、何処まで期末テストの範囲で御座いましょう」
そう言って、銀が見せたのは歴史の教科書だった。
「え・・・っと・・・ 戦国時代から徳川時代初期だったかな。 
平安時代から鎌倉時代だったら教えてもらってたんだけど・・・」
何ともいえない顔の望美に、思わぬ答えが返ってきた。
「あまり込み入った事柄でなければ、お教え出来るかもしれません」
銀の言葉に、当然の如く望美は驚いた。
「え?! 何で??」
「図書館と言うところに行きましたら、歴史書が御座いました。
その時に今の神子様の時代まで一通り目に致しましたので」
「あ、そうだったんだ・・・」
「どの辺りが出るのか、教えていただけますか?」
「う、うん・・・」
銀に教科書を渡しながら、少し複雑な気持ちがした。 
自分の世界の歴史上、重衡は既に亡くなっているのに、
その後の時代を亡くなったはずの人に諭して貰うのだ。 
それもこれも自分の頭の悪さ故だと、望美は落胆した。

「こちらもお教え出来そうです」
そう言って、とても分かり易く、その時代を生きていたのかと思う位、
生活状況も知っているかの如く話していく銀の話し方に聞き入り、
頭にスッと内容が入り込んでいくのが良く分かった。

「凄い・・・凄いよ・・ 何でそんなに、分かり易く説明出来るっていうか、暮らしていた様に話せるの?」
「難しい事では御座いませんよ。 時代が急激に進歩を遂げたのは、
徳川時代末期や明治初期頃から。
それ以前は、多少は発展したといっても生活状況はそれ程、平安、鎌倉時代と変わらないのですよ。
ですから、起こった物事と寺院や人物の血縁関係を把握出来れば、
大概我らとやっている事は変わりません」

「はぁ・・・そっかぁ・・・ それでもやっぱり凄いな銀は、良い先生になれるよ」
そういって微笑んで見せたが、銀は首を振って
「お褒め頂けるのはありがたいですが、私は神子様の為だけの先生になれれば十分ですよ」
「えっ!?」と、真っ赤に顔を染め上げている望美を微笑ましく見ていたら、
廊下を歩いてくる人の足音が聞こえてきた。


「よう ここに居たか。 重衡、此処のこれ。どういう意味か教えてくれねーか?」
そういって将臣は、古文の教科書をひらひらとさせて銀の前に出してきた。
「兄上にお教えする事など御座いませんよ」
さっきの望美との会話とは打って変わって、教える気なぞ毛頭ないと言う物言いをした銀を、
ぽかーんと望美は見ていた。
「そう言うなって。 他は大概ヤマ張ってんだ。 此処も理解できれば今回は楽勝だと思ってんだよ」
「・・・さようで・・・ では条件が御座います。」
「ん? 何だ?」
「その、ヤマを張ったと言うモノを、神子様にお教えして頂ければ私もお教えしますよ」
「あ ずりぃなぁー どうせミッチリ濃密に教えてもらってんだろ? いいじゃねーか」
「それとこれとは別問題で御座いますよ。」
「・・・ったく 分かったよ」
では・・・お飲み物をお持ち致しましょう。 そういって、銀は席を外した。

「はぁ やたらと強い味方が出来たもんだな」
お前には勿体ねーなぁ と、ブツブツと文句を言いながら将臣は望美に教え始めた。
「あ・・・はははは・・・」と、望美は乾いた笑いしか出なかった。

銀ってあんな性格だったっけ・・・?と、疑問符が望美の頭の中に沢山浮かんだのは云うまでもない。




後日談。

後日、テストの結果が返ってきた。
流石に銀の教えがよかったので、望美は高校に入って古文・漢文と歴史の最高点を叩き出した。
将臣と言えば、見事にヤマが当たり、高得点を叩き出していた。
「フッ実力の差だな」
「ヤマが当たっただけで、実力とか言わないでよ!」
「当たるかどうかってのも実力の内だろ」
「むぅ…」
「他も重衡 通して教えてもらえば高得点叩きだせるんじゃねーか?」
と、ニヤニヤと笑った将臣の顔面に、教科書を当ててやった。

悔しいが、その通りだろう・・・ 本当に銀が先生だったら解りやすくて良いのだが・・・

よくよく思い起こしてみれば、自分は一度戻ってきた時に、期末テストを受けているのだ。
しかし、他の事ばかりが頭に浮かび、テストの内容など殆ど記憶に残っていなかった。
(私ってどれだけお馬鹿なのよ・・・)
盛大に溜め息をつきながら、自分の不甲斐無さを思い知る。
そして、これ以上銀に負担を増やすのは、やはり自分の良心が痛む望美だった。



2013.9.15 → 2014.02.03一部文章追加


後記

今回敢えて「江戸時代」と書きませんでした。
一応、江戸と言ってしまうと関東付近の事だけを指してしまうという指摘が某本に載っていたので
それに合わせて、「徳川時代」としてみました。
現在の歴史の教科書はどういう書き方をされてるんでしょう・・・。
源頼朝の絵もいまや違う人物だったと言われる位ですものね…