「あ! クリスマスなんだし、銀に勉強教わったお礼しよっと」
と、望美はホクホクとクリスマスを口実に銀にプレゼント兼お礼が出来そうだと心の中で喜んだ。
・・・が、街に繰り出したのはよかったが はて。 何を買えば良いのか。
全く持って、考えていなかった。
「これじゃ彼女失格かな・・・」
そんな事を今思ってもしょうがない。
取り合えず、銀の部屋の中を思い出す。
銀が持っていなくて、何か必要そうなモノ・・・
「えっと 文机はあるし、筆も紙もあるし・・・ 灯りは平気だし・・・」
「銀これだけあれば大丈夫って云ってるくらいだもんなぁ・・・」
「うー ・・・洋服!洋服は・・・」
これまた、これだけあれば十分って云ってた・・・な・・・
寒くないのか聞いても、平泉に比べれば暖かいって云ってたもんなぁ・・・
うん・・・そうなんだけど・・・。
「お香もあるし、うぅ・・・ どうしよう・・・」
考えてもまとまらない。 ここはちょっと歩いて、良さそうなお店を探してみよう!
そう考えて、望美はデパートの中をうろうろとさまよって行った。
「はぁ・・・色々見たのに全然思い浮かばないよ・・・」
それにしても、男の人は何を貰うと喜ぶのだろうか。
今まで男の人と言えば隣の幼馴染にプレゼントを上げたくらいだ。
あの二人は・・・特に一人は欲しいもの(主にゲーム・・・)を云って来るので気楽なものだ。
譲はキッチン用品を上げたくなるのは、仕方のない事だろう。
やはり今までのように、相手に欲しい物を聞いたりするのは何だか嫌だ。
かといって、似合いそうなモノと云うのもなかなか思いつかない。
もし、似合うと思ってもやはり銀にと思うと、一つ一つが高価な物に目がいってしまう。
はぁ・・・と、今日何度目かのため息をついた。
そんな時、デパートの広間でイベントの催しが行われていたようだ。
声が聞こえてきて、折角なのだからと望美もそちらへ足を向けた。
クリスマス前なので、サンタの格好をした人がステージの上で踊りを披露していた。
「踊り・・・かぁ・・・ あっ これだ!」
そう思い立って、望美は一軒のお店へ急いだ。
「銀! メリークリスマス!」
「メリークリスマス。です 神子様」
「ふふっ 銀とこんな風に過ごせるとは思わなかったよ。 嬉しいな」
「ええ この時期にこの様な賑やかな祭事を体験できるとは思いも致しませんでした」
「はは・・・ 本当はしっとりと、神様にお祈りをして、家族で過ごすみたいなんだけど・・・ね」
「左様でしたか では、神子様を奉らなくては・・・ね」
「ちょ、ちょっと銀! からかってるでしょ!」
「ふふっ 私にとって、神子様は神に等しいお方ですよ」
「もぅっ それじゃ何時も一緒に居たらおかしいじゃない」
「おや それは困りますね。 拝むのは止めておきましょう」
顔を見合わせて二人して、プッと噴出して笑い合った。
「えっと テストのお礼も兼ねて、私からのクリスマスプレゼント」
「お礼などよろしいですのに・・・しかし、神子様からの贈り物ですので有難く頂戴 致しますね。
神子様 私の為に、有難う御座います」
「うぅん 実はその・・・私の願望も含まれてるし・・・」
「? 願望で御座いますか?」
「うん! 開けてみて?」
「はい」
箱に包まれた包装紙を丁寧に銀は解いてゆく。
「これは・・・・」
「えっと・・・気に入ってもらえるかは分からなかったけど・・・」
「綺麗な絵柄の扇で御座いますね。 私がこれを戴いても?」
「うん 駄目だったかな・・・」
「滅相も御座いません。 扇など、久しく触っておりませんでしたので 有難う御座います」
「あ そうか。 平泉の時は持っていなかったものね」
「はい 無用の物で御座いましたし・・・
して、神子様。 願望とは、私が一差し舞う事でしょうか?」
「うぅん 半分は当たり 半分は外れだよ。 一緒にね? 舞って見たかったの」
「なるほど 私も、その想いは御座いました。
神子様の舞いは一度拝見 致しましたあの時から、目に焼きついて居ります」
「そ、そんな大それた事じゃないよ。
銀の琵琶も素敵だったけど、将臣君が舞いも巧いって云ってたから、凄く見てみたかったの」
「神子様の舞いに比べれば天地の差。 それ程のモノでは御座いません。
しかし、神子様と共に舞えると言うのは胸が高鳴る想いで御座います」
「神子様が宜しければ、今からでも一差し・・・お願いしても宜しいでしょうか?」
「え? 今から?」
「ご無理は承知です・・・ ですが折角この様な戴き物をして戴いたので・・・」
「うん 分かったよ。 ちょっと待っててね」
「はい」
そう言って、望美は自分の扇を取りに自室へと向かった。
窓をコツンと叩くような音が聞こえたので、開けてみる。
「お まだ起きてたか」
「将臣君! えへへ・・・」
「何だよその笑い こえーな」と、将臣は眉間に皺を寄せる。
「今から銀と舞うんだ」
「ん? 今からか?」
「そう 楽しみ〜」
「ふーん・・・ 折角だから、家の庭で舞えよ。
まだ譲も起きてるし、誰も観客が居ないより見る人多い方が楽しいだろ」
「え?! う、、恥ずかしいな・・・ 銀が舞うのに私ヘマしちゃいそうだよ」
「その位、重衡がリードするだろ」
「うーん 分かったよ。 じゃぁそっち行くね」
「おう あ。 お前の両親起きてるなら誘って来いよ」
「えええぇぇぇ・・・」
「たまには親孝行しろよ」
「たまにはって何よ! ぅんもぅ・・・」
これの何処が親孝行なのよ・・・と、ブツクサ文句を言って望美は部屋を後にした。
「あー 何だか緊張するよ〜 神泉苑で舞った時よりも緊張してる・・・」
「大丈夫ですよ。 何時も通り神子様は舞って頂ければ」
「うぅ・・・ えーと、それじゃぁ何を舞えば良いかな?」
「そうで御座いますね・・・ 何かご所望は御座いますか?」
「あんまり舞・・・詳しくないんだけど・・・ 柳花苑はちょっとだけ・・・
後・・・ 君を始めて見るをりは・・・」
「千代も経ぬべし姫小松 御前の池なる亀岡に 鶴こそ群れ居て遊ぶめれ で、御座いますね」
「では、今様の方に致しましょうか」
「うん」
「では 一差し よろしくお願い致します」
「よろしくね」
きちんとした振り付けがある訳ではない・・・
しかし、自分の舞に銀が合わせてくれているのか、はたまた銀の空気に飲み込まれて居るのか。
何にしても、とても気持ちが良いことだけは良く判る。
呼吸がわかる――― 重なる――― それだけで心までが澄んでいくようだった。
ほぅ・・・ と、感嘆の溜め息がどこからか漏れた。
踊り終えたら、高揚感が高まっていくのが判った。
もっと続けたいと・・・もっと共に舞いたいと、
そう一緒に舞うものすらも惹きつけてしまう舞があるとは思っても見なかった。
「とても・・・とても気持ちの良い舞で御座いました」
「うん もっと踊りたいって・・・続けたいって思っちゃったよ」
二人でふふっと笑い合った。
両家から喝采の言葉が投げ掛けられた。
「・・・凄いわね!」「いやぁ・・・舞なんて物の良さとか判らんが、見ていて気持ちが良かったよ」
「凄いですね・・・ 以前見た事のある、先輩の舞いもよかったですけど、
お二人で踊られると華やかさに拍車が掛かりますね」
そう言って、譲は感嘆の言葉を贈った。
「銀が凄いんだよ! 私は何だかつられて舞っていただけだもの」
「二人とも巧いって言ってりゃ良いんだよ。 ホント芸達者だなぁ お前ら。」
その将臣のその言葉に、望美はチクリと胸が痛んだ。
「あ・・・はは・・・そうかなぁ」
「あー・・・ 重衡」
「はい?」
「あれ・・・あれなんだ・・・」
「は・・・? アレとは・・・」
「昔、一度だけお前が舞を練習してるの見た事あっただろ。
あの時の舞が印象強くてな。今でも忘れらんねーんだけど、折角だから舞ってみてくれよ」
「・・・・・・あぁ・・・ アレですか・・・ あれは私が戯言として遣っていた物です。
他人に見せる様な代物では御座いません」
一瞬考え込み、見当のついた銀は答えはしたが、つれなくあしらった。
「そんな硬っ苦しい事 此処じゃ気にしなくても良いだろ。 望美も見てみたいだろ?」
「え?!」
急に振られて望美は吃驚してしまった。
しかし、将臣がそれ程云うのだ。気になって仕方がない。
「うん! どういう舞なのか判らないけど、銀が舞っているの見てみたいな。
ほら、折角プレゼントもしたし・・・ね?」
銀は渋い顔をしたが、望美と将臣の言葉を聞き、しぶしぶと言葉を紡ぐ。
「・・・・・・ 大分 昔の事で御座います・・・ 巧く往くかどうか・・・」
「練習だと思ってやってくれりゃいーさ」
「斯様に兄上はまた無茶を仰る・・・
しかし、神子様が見たいと仰るのであれば・・・無骨ながらも一差し舞わせて戴きましょう」
「そうこなくっちゃ!」
「わーい 楽しみだよ!」
先程は一緒に舞っていたので、銀の表情や動きをしっかりと見る事など出来なかった。
やっぱり他人の舞は気になるのだ。
「では・・・」
そう云って、銀は目を閉じ扇を顔の上から下へゆっくりと降ろしたかと思ったら
今までの表情を一変させていた。
それはなんと表現したら良いものか・・・
例えるのであれば、歌舞伎役者が一瞬にして睨みを披露するような ―――
それだけで一瞬にして人を惹きつける力を兼ね備えていた。
その表情は、さも女形を演じる悲痛な表情かと思っていたら、
また表情が一変し今度は見た事のないような勇ましく、凛とした佇まいの表情 ―――
果てしなく何処までも見通してしまうような瞳がこちらを射抜いてゆく。
これ程までに舞とは・・・人を惹きつける物だったのかと・・・
表情でこんなにも強弱が付けられるのだと、自分があまりにも未熟な事を思い知らされた。
そして終盤へ進んでゆく。
足を強く大地に叩きつけ、大きく広げたと思っていたら、手にしていた扇を空へと高々と舞い上げた。
くるりと一回りした後、扇に目もくれず後ろ手に取る。
扇を左右へと宙へ舞い上げる中、身体全体を動かしているのに、
視線は前を見据えたまま手元は狂わず扇を手にする。
一切の無駄を省いた舞・・・ 何者にも臆することなく突き進める者
――― 極めた者にしか出来ない事を、銀は雑作もなく遣って退けた。
舞が終わって、暫くシンと静まり返ったままだった。
皆、ハッと我に返り拍手を送る。
「久しく舞っておりませんでしたので・・・お見苦しいものを御見せしてしまったようですね」
きっと、皆が何も言わずに居た事に、己の舞の出来が良くなかったのだと思わせてしまったようだ。
「凄い・・・銀 凄いよ! あまりにも綺麗で・・・綺麗過ぎて惚けちゃったよ・・・」
「その様な賛辞、私には勿体無う御座います」
「本当だよ! 皆もそう思うよね?!」
「あぁ・・・ すげーな・・・やっぱり。 何度見ても驚かされるぜ」
「本当に凄いですよ・・・ 何故今までやってなかったんですか? 勿体無い・・・」
「本来、男人は雅楽の伴奏で舞う舞楽(ぶがく)という物を舞うのが常で御座います。
仮面を着け、剣などを持ち儀式のための演技が主なのです」
「扇で舞うと言うのは、宴の余興でしか御座いませんので・・・
そこから少し変化を付けてみたいと思い、あのような振りを付けてみただけなのです」
「そんな・・・ 勿体無いね。 とっても綺麗なのに・・・」
「元々我らの舞という物は、神に捧げる儀式的な物で御座いますから・・・
お遊びで舞っていたものを、まさか兄上に見られているとは思っても居りませんでしたよ」
「お前の家に遊びに行くのもたまには良いもんだなってな」
「神子様 よろしければもう一差しだけでもお相手願えないでしょうか」
「う・・・ 今の舞の後に踊るの・・・?」
「酷な事いうよなぁ 重衡」
自分で注文しておいて、酷いのはどちらなのかと望美は将臣を睨みつけた。
「私は神子様の舞を好いて御座います。 その者にしか出せない舞というモノがありますから」
「私・・・全然そういう事考えて舞ってないよ・・・」
「それが良いのです。 気持ちを無にして舞われる事こそが、神に捧げるのに良いのです。
私には雑念が多いですから・・・ね」
「えっ?!」雑念って何?! 凄く突っ込みたい・・・。
だが流石に両親の前なので、言うのは諦めた望美だった。
「ふふっ 舞って戴けますか? 神子様」
「う・・・うん・・・ 頑張ってみるよ」
「はい」
そういって、もう一度舞い始めた。
きっと、銀には何を舞うと云わなくても判るだろう・・・
『柳花苑』 何時の間にか、自分のレパートリーに含まれていた。
辛い思い出もあったけれど、忘れられない舞・・・
知盛とはまた違う呼吸で重なる・・・心地よさに包み込まれる。
そうして二人、共に舞っていたら 白い贈り物が天から舞い降りてきた。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「其れはそうと神子様」
「ん? なぁに?」
「神子様はご満悦しておられる様ですが、まだ私には少々足りないのです」
「え? もうちょっと舞う?」
銀は頭〔かぶり〕を振った。
「私はまだ、貴女に捧げ物をしておりませんよ」
「・・・・・・えぇっ?!」
「その様に驚くような事でしょうか・・・?」
「だって、プレゼントを渡すなんて知らないでしょ?」
「街を歩いておれば、何となく察しはつきますよ」
「ぅ・・・ そ、そうだよね・・・」
「神子様 是非、こちらを御遣いして頂ければと・・・」
そう言って、銀は小さな巾着を望美に手渡した。
「これは・・・ あ・・・っ! 銀と・・・同じ香りがするよ」
「ふふっ ばれてしまいましたか。
何に致そうか、迷っておりましたが、以前 神子様が心地が良いと申されておりましたので・・・
折角ならばと、作ってみました」
「ありがとう! えへへ・・・落ち着いて眠れそうだよ」
「・・・私は落ち着けそうも御座いません・・・」
「えぇ?! 何で!?」
「神子様と同じ香りで眠れると思うと、意識が冴えてしまいそうですよ・・・?」
「ちょ、ちょっと銀! そういう恥ずかしい事言わないでよ!」
真っ赤に染まった望美の頬に銀は唇を寄せ、
「折角のクリスマス・・・貴女の頬が色付くのを、楽しみにしておりました」
「あ・・・っ またからかったでしょ!」
「本心で・・・御座いますよ」
「メリークリスマス・・・ 神子様」
そう言って、銀は望美の瞳に口付けを落とした。
2013.9.24
後記
舞の解釈は適当です。 本気にしないで下さい・・・、、