そして時間(とき)は流れ往く




年が明けて暫く経ち、学校が始まった。
期末試験や冬休みなど、大きな行事が終わってのんびりし始めた頃だった。

俺の席は、望美よりも後ろの席。 ふとそちらへ顔を向けると、窓の外を見てボゥッとしている顔が映る。
今までの俺たち・・・学生なら、眠いとか授業がだるいとか、そんな思いが顔に出るのだろうが、
今窓に視線を寄せている望美の表情は、とても遙か遠く・・・それはきっと、俺たちしか知り得ない
遠い記憶に想いを馳せている様な表情は、今時の学生が見せない様な表情だろう。
時に、苦悩してるような表情もしているからだろうか。
先生が注意しようとして声を掛けようとするが、
ハッとし、また授業を再開してしまうなんて事もあったりする。
俺や先生だけじゃない。 他の者も当然望美を盗み見ている者は居た。

「おい、有川。 冬休みとかに何かあったのか?」
「春日さん急に大人びた雰囲気で、気になるよなぁ」
なんて、クラスメイトの男子達が俺にわざわざそんな事を話しかけてくる。


これは望美に忠告した方が良いのか・・・。
忠告する程の事でもないと思うのだが、確かにあの世界に行った後では、
人生観ががらりと変わってしまっているのは、何も望美だけではない。 
自分や譲も少なからず変わってしまって居るだろう。
だからこそ、自分が言えた義理ではないと思っていた。


でもな・・・  重衡は知ってるのか・・・?

望美の事を一番気にしているのは重衡だ。 
だがきっと、望美は重衡の前では急に女の子ぶって居るから、(失礼だよ将臣君!)
焦燥に耽っている事など知る余地もないだろう。
あまりにも直らない様なら、重衡に言っておくか・・・。





体育の授業。 今日は小雨が降っているという事で、体育館で行う事になった。
バスケットで、珍しくなのかまだ冬休みが開けて直ぐだからか、
気楽に遊ぶ程度でいいという事で、男女混合で一緒に行うという。

自分のチームはまだなので、壁でのんびり寛いでいたら望美が隣にやってきた。
「平泉で慣れたからかな・・・案外冬でも暖かいね」そう言って微笑む。
確かに意外に底冷えのする体育館では、
皆寒そうにジャージをしっかりとファスナーを上まで詰め、腕を擦っている者も居る。
それに引き換え将臣と望美は、ジャージの上を腰に巻き、長袖のTシャツだけで居るのだ。
「あー 慣れってこえーなぁ」「だよねぇ〜」 何て、クスクス笑いながら話していた。

フッと、遠巻きに見ている者たちの視線を感じ、向こうに気付かれぬよう盗み見る。
これも気がつけば、あの世界に居た頃に身につけた技(クセ)だったなと、変に笑いが込み上げてくる。
「? 何?将臣君。 思い出し笑いなんてして。えっちぃんだー」

「お前こそだろ」
「はぁ〜? 私何もしてないじゃない」
その言葉に望美は片眉を吊り上げ、不信感を表に出す。
「・・・・・・なんでもねぇよ」将臣はそう言って、プイッとそっぽを向いた。
変な将臣君、とブツブツ文句を言いながら、望美は髪を一本に束ねていく。
そう、何もしてないからこそ性質が悪い。
ただ、髪を耳に掛けるしぐさや笑い返してくるだけなのだが、
明らかに重衡と共にした事で艶やかさが増している。
其処に異世界での出来事をも内に秘めていたら、誰もが望美に視線を注がずには居られない。

「あ。うちのチームだ 行ってくるね」
「ヘマすんなよ」 「ヘマって何よ!」
そんなやり取りをしながら、望美は将臣にあっかんべーをして走り去って行った。
「言ってる事とやってる事はかわんねーのになぁ・・・ 残酷なもんだぜ」
盗み見た者たちのえも言われぬ表情に、将臣は大きなため息をついた。



試合が始まった。
流石に良い位置に望美は走っていく。 幾たびの戦で、目が肥えているのが容易に分かる。
敵が手薄な場所に陣取り、ボールが来るのを待つ。
ボールを受け取り走り出した望美は速さも際立つが、
何よりも急いで走り抜けている様には全く見えず、踊っている ――そう舞を舞っているかのごとく、
スッと人の隙間を優雅と云っても良い。 すり抜けて、気付いた時には宙を舞っていた。
先生すらも、ホイッスルを鳴らす事を忘れ、見入ってしまうほどだった。
望美が首を傾げて先生を見つめて、ようやくホイッスルが鳴った。


試合は歴然としたものだった。
「凄いよ春日さん! いつの間にあんなに上手くなったの?!」「バスケ部入らない?」
と、試合が終わった後にはメンバーに囲まれていた。


「だからヘマすんなって云ったのになぁ・・・」
そんな軽口を叩きながら、自分も試合に望む。


確かに、試合が始まってみると容易にコートの周りが見渡せる。
以前登校中に、望美が云っていた事がフッと頭を過ぎって苦笑する。
もぅ俺達は今時の高校生には戻れなそうだな・・・と。


「最後はやっぱりこうなる・・・か。」「勝負だね! 将臣君」
 満面の笑みで微笑み返され、苦笑しか出てこない。
ここが戦場じゃなくてよかったと思うべきか・・・?

開始のホイッスルが鳴らされ、試合が始まる。
ボールは将臣のチームが取っていた。 だが、横から望美のチームのバスケ部の者がさらって行く。
「有川! そっち行った! 取ってくれ!」 「オーケィ」
素早く相手の正面左まで行き、ボールのバウンドするタイミングを見計らい叩き払う。
将臣はそのまま素早く走り出し、ゴール下まで一気に駆け抜けようとしたところで、
横合いからスッと撫子色の髪が一房波打つのが見えた。
立ち止まり、ボールを後方へずらしながらタイミングを見計らおうとするが、
望美の動きが滑らかで、危うくボールを取られそうになる。
少しずつ後退させられるのを感じ、見つめられる視線は戦場での対峙を思い起こさせ、
歯を食いしばり駄目もとでその場で大きくジャンプしてゴールへとボールを投げた。
「あ・・・っ」望美の小さな声を耳にした時には、ボールはストンッとゴールに入っていた。
「くぅ・・・  ・・・凄い悔しい・・・」
「はんっ タッパの違いを思い知るんだな」 「うぅ・・・」
とても望美は悔しそうだ。 だが、そこまでしないと捕られてしまうと焦ったからこその行動だった。

二人の織り成す試合は、見る者を釘付けにしていた。
そして、望美が対峙する者の殆どが見惚れ、ボールを取られてしまうという情けない始末。
外野は早く二人がボールを手にしないかと、そればかりが先立って
「有川! 春日! ボール取れ」と、良く分からない野次まで飛んできていた。

試合はギリギリ将臣のチームが勝った。
将臣から一度だけしかボールを奪う事が出来なかった望美はしょげていたようだが、
ずっとヒヤヒヤしていた将臣は疲労困憊だった。
「お前、少しくらい手加減しろよ」
「それはこっちのセリフだよ! 一人で良いとこ掻っ攫ってずるいなぁ・・・ あーぁ、私も背が高ければなー」
「へーへー」背を縮ませるかのごとく、頭を真上から思いっきりポンポン叩いてやる。
「ちょっと! 縮む!」足蹴りが飛んできたが、膝を曲げて交わしてやる。
「重衡に見せてやりてーなぁー 今のすげー良い反射的足蹴り。」
「ハッ! ちょ、こ、これは内緒! 内緒にしてっ」
「今更ぶりっ子してどーすんだよ」
「ぶりっ子じゃないもん!」
「十分だろ」
と、そんな何時もの戯れをしていた望美と将臣だったが、
クラスメイト達の目には、二人は付き合ってるのではないかと、疑いを深められていくばかりだった。



2013.9.30


後記

 学校のある日を書いてみました。 やっぱり二人ともスポーツ万能になってそうですよね
バスケのルールなんて覚えてません・・・変な箇所があったら御免なさい><