重衡の日常




銀の朝は早い。

朝三時前に起床。
身支度を整えて、仕事へと出勤する。
四時から仕事が始まりお昼過ぎまで仕事をこなす。

仕事が終わって直ぐに、春日家へ戻る。
望美の母君と一緒に今日始めてしっかりとした食事を取る。
他愛無い話をした後、母君が買い物へ出かけるのと同じく一緒に外へ出かける。

もっぱら最近の銀の行き先といえば図書館だ。
図書館には自分の求める知識以上のものが得られ、閉館ギリギリまで居てしまう事もしばしばある。

本は借りる事が出来るので、毎日借りては次の日に返すという形で色々な物を読み漁っている。

その後 極楽駅の直ぐ近く、人の波が少し途絶えるところで静かに佇んでいると、
駅から撫子色の艶やかな髪をなびかせた少女がこちらへと歩いてくる。
(理由は銀には分からないが、あまり駅の近くで待っていると困った顔をされるので、
少し離れた場所が良いと望美に言われたのでそうしている。)
その様子を見ると、思わず顔が綻んでいる事に銀は気付かない。
周囲が銀の表情を見て、老若男女問わず赤らんで通り過ぎて行くのだ。
だが銀には撫子色の髪の者しか目が往かない。

「あ・・・っ」と、小さな声を上げて頬を少し上気させ、
瞳を少し下に俯かせてこちらに小走りで歩み寄ってくる人を見るだけで何とも艶やかで、
心くすぐられる事かと・・・抱きとめたくなる衝動に駆られるが、望美に怒られ嫌われてはいけないので、
毎回ぐっと堪える為、手に力が篭る。
「お帰りなさいませ。 神子様」 
そう言うと、顔を赤らめた顔に花が咲いたように にこりと微笑んで「ただいま」と言ってくれる。
その表情とその一言で、今日一日の疲れが全て何処かへいってしまう。

「神子様。 御手を」  「・・・うん」

この世界に来て、公で抱きしめる事は咎められるが、手を繋ぐ事は道行く人が度々見せる事で、
これに対しては頬を真っ赤にさせて顔を伏せながらも、
小さい声で「良いよ」と、お許しが出たので毎回一緒に歩く時は手を繋いでいる。
何度となく繰り返す事でも、変わらず頬を染め上げてくれるその人をとても愛おしく、そして恋しく思う。
今日何があったのか、事細かに自分に必死に伝えてくれるその一挙手一投足を見逃さないように、
微笑を絶やさず顔を逸らさずに聞き入る家路までの至福の一時。


家に帰って、あれこれしていると食事の時分になる。
今日は望美の父上も帰りが早かった様で、皆で一緒に食事を頂く。


その後、部屋へ戻り本を読み、望美がやって来たのでゆっくりと話をする。
「銀の部屋って良い香りがして落ち着くんだよね。 だからずっと居たくなっちゃう・・・」
きっと自分では何も考えずに言葉を紡いでおられるのだろう。
男として、その様な言葉を投げかけられれば黙っている事が出来ようか・・・。
しかし居候の身で、安易に望美に手出しは出来ない。
これが何時も望美との至福を感じる一時の中での、一番の苦痛と言っても過言ではない事柄だろう。


名残惜しいが、望美は「銀、おやすみなさい」と言って自室へ戻っていく。
トントントンッと、階段を登っていく音を聞き、扉が閉まるまでジッと耳を傾ける。


望美が部屋を辞退してから、おもむろに和紙を取り出し、

少し部屋を暗くして精神を落ち着かせる。


硯に水を加え、墨を摺ってゆく。

墨の香りを嗅ぎながら少しずつ自分の中が無になってゆく気がしてくる。

筆に墨を染込ませ、紙に文字を列ねてゆく。

気持ちを沈ませ、自分の行いを悔やみ、

そして死者への弔いの気持ちを込め ―――写経をしてゆく。


そうしていると、夜も更けてきて眠りへと誘う〔いざなう〕月を見上げながら、

今日を振り返り床に就くのだ。



2013.9.7


後記

 今更気付いたら、書いた順序が違う所があっておかしい所が今後出てきます・・・
その辺りは生暖かく、見て置いてくださると嬉しいです
うちの銀さんは、凄く焼き討ちの事を気にしてます
私が思い描く望美の髪の色は、撫子色と一斤染(いっこんぞめ・いっきんぞめ)の中間のイメージなのですが
皆さんは紫苑なのでしょうかね?