望美は何時の間にか、空を見上げていた。
何度となく繰り返し、繰り返してはいけないと思っても気持ちは裏腹に見上げている。
そして、その空の向こう側。 果てしなく遠くなってしまった、もう一つの故郷を思い浮かべる。
自分がした事は正しかったのか。
自分はただ、自己満足の為だけにここに居るのではないか・・・?
一度は和議まで成したのに、何故平泉を選んだのか・・・
それは・・・ それは ――――
【 罪 】
幾度自分に言い聞かせても、自分がただ上書きをし、自分の都合の良い道を辿って来ただけだ。
誰かに咎められたならば、止めていたかもしれない。
だが、誰が分かってくれよう?
先生も、望美が未来を変えるために奔走した事に、迷いなければよいと進ませてくれた。
だがそれは、傲慢なだけじゃないのだろうか・・・。
先生ですら望美の通った全ての道のりを知る余地はないだろう。
最後の道筋だけを皆が知っているだけだ。
これまで通ってきた道筋を知らないだけで、平家は滅びはしなかったという事で喜ばれる。
平泉と鎌倉が和議を成せたから喜ばれる。
本当はその前に決着をつけた過去もあったのに、それを捻じ曲げてしまった。
皆をこちらの世界にまで呼び寄せてしまったという事も、一つの理由ではあったが
それならば、他にも方法はあったかもしれない。
しかし、自分は貪欲にも平泉を・・・・・・『銀』を選んでしまった。
『重衡』でよかったはずなのに、『銀』を選んでしまった自分が居る。
中身は同じだ。 同じはずなのに・・・共に過ごしたあの時間〔とき〕を忘れる事が出来なかった。
重衡の中に、望美との時間を失われている事が辛かった。
崩れ行くあの人を・・・私の為に自分を殺してしまったあの人を・・・
忘れる事が出来るはずがなかった。
自分は未来で助けると言ったのに、嘘を付いてしまった。
それがずっと引っかかっていたのか・・・? 本当にそれだけなのか・・・
いや、違う・・・ 好きになってしまっていた。
何時の間にかあの柔らかな微笑みに・・・
自分のして来た行いに、許しを請うような錯覚を覚えてしまっていたのかもしれない。
それに救われていた自分が居た。
八葉ではなかったからこそ、打ち明けられた事もあった。
自分は相当 銀に甘えていたのだろう。
こんなんじゃ駄目だよね・・・ と、望美は一人ごちた。
時にこんな事も思う。
こちらの世界に戻ってきて、平和を実感して嬉しい事は確かだ。
しかし何か物足りない。
電車の中、学校、街行く人混み、人が多く群れなして楽しそうにしているように見えるのに
自分は何故かそこから違う場所にいる感覚に囚われる。
偽りではないはずの友達との楽しい会話のはずが、全く自分の中に入ってこない。
毎日が同じ日々だ。それを求めていたはずなのに、
自分の中にぽっかりと穴が開いたように心が抜け落ちそうになっている。
これは何なのか。 ここ数日考えて考えて、思いに耽りすぎて授業も上の空でいたようだ。
先生に呼び出され、『弛んでる。もう少ししっかりと授業に取り組め』と言われた。
自分の為を思って言ってくれている言葉も、分かっている。
分かっているのに、空を掴む様に自分の中から抜け出ていくようだった。
これではいけないと、思うのに答えが見つからず、また数日が過ぎ去った。
授業中、うわの空だった事にハッとし、授業に集中する。
その中に、一人の女性の話が出てきていた。 儚くも強く生きていったという歴史の人物だった。
フッと、朔を思い出した。
今どうしてるのだろうか・・・と、黒龍とは出会えただろうか・・・景時とはその後会えたのか・・・と。
優しく、望美が何故塞ぎ込んでいるかを、何も聞かずに心を暖めてくれた朔。
いつの時空〔とき〕でもそうだった。 弱っている事もあった。
それなのに、何時も自分の事よりも望美のことを心配してくれていた。
そして気がついた。 あまりにも自分が向こうの世界に馴染みすぎていた事に。
皆 一つの時空の中で一年も関わっていなかった事も多かった。
しかし、望美の中だけは時空〔じかん〕を越えていくにつれて、
一人一人の心に深く入り込み、かけがえのない大切な存在へと変化していった。
ただの親切ではない、深い信頼関係。 固く結ばれる絆。
自分にとって八葉、朔、白龍は大切な家族だった。
それこそが、今の自分に足りていない物だと気付かされた。
今更向こうへ戻っても、皆とまた一緒に居られる訳ではない。
しかし、自分の心が晴れないのは『戻ってきてしまった』からなのだと思う他無い。
確かに、銀という信頼の置ける者は居る。
しかし、この世界全体が無機質のように見えてしようがなくなっている事に、
気付かぬ内に自分の心が苦しんでいた。
信頼や忠誠心なんて言葉、今の時代笑われてしまうかもしれない。
それでも、あの時空をもう10年以上は居ただろう・・・
生きるか死ぬかの瀬戸際の中では、心が生き生きとする思いだった。
フッと、彼の者〔かのもの〕の言葉が頭をよぎる。
『隠しても無駄だぜ 戦ってる時のお前は実にいい顔をしていた・・・
・・・お前は俺と同類だな』・・・と。
『違う!』そうあの時は否定したはずが、今ならその答えが分かる。
戦に喜びを感じていた訳では決してない。
しかし、何者かと対峙している時、自分が『生きている』と、思い知らされた。
痛みや苦しみが、痛いほど伝わってきた。
其れが今は微塵も感じない。 その事に対して、自分は無力感を今まで感じていたのだと・・・。
そう、理解できた。 理解できたが・・・・・・どうする事も出来なかった。
こんな事・・・話せない・・・ 銀には・・・言えないよ・・・。
授業中、望美は気付かぬ内に涙を静かに流していた。
これはきっと私の罪・・・ ずっと背負っていかないと行けない罪なんだ・・・
痛いよ・・・心が・・・痛い・・・ そう胸の奥で叫んでいた。
2013.9.30