未来への道筋




こちらの世界へ来てから暫く経ったある日の事、銀は将臣に呼ばれた。


「どうされました兄上。 折入ってお話とは・・・」
普段ならば、自分の方から将臣を呼ぶ事はあっても、呼ばれる事などなかったので
きっと望美の・・・そして自分の知りえない場所での事なのではと、何となく予測は付いていた。
しかし、いざ面と向かうと少しの恐怖の様なものが襲う。
望美が他の者に好意を寄せられているとか、寄せているとか・・・
 本当は自分の事を嫌っているのでは・・・と。
不安が心を支配し始めた頃に、眉根に皺を寄せて将臣は切り出した。

「お前と居る時の望美はどんな感じなんだ?」
「どんな感じ・・・とは・・・」今度は銀の方が眉根に皺を寄せてしまう。
銀は何時もの望美との会話や表情を思い浮かべる。
「それは楽しそうに、ご学友の事や学校での出来事・・・
 兄上の事などその日の出来事を教えて下さいますが・・・」
「楽しそう・・・か」
「・・・何か学校で事が起こったので御座いますか? 
私以外の・・・何方かの事を・・・神子様が想われておられるような・・・」
「あ、あぁすまない。 そういう事じゃない」 将臣はすぐさま否定をした。
銀は少しホッとし、別の事を口にした。
「では・・・神子様を想っておいでの方がおいでなのでは・・・?」
「はぁ・・・」 「?」
「それは大いにあるが、まぁ その辺は今は置いておこう。
 どうせあいつはお前だけしか見えてねーだろうしな」
先の言葉に片眉を吊り上げたが、続く言葉に不安は和らいだ。
が、それでは何故 将臣は自分を呼び出したのか。
「では何故 私をお呼びに?」

将臣は、がしがしと頭を掻いて、少し唸ると、自分の思い違いなら良いんだがな・・・と、切り出した。
「学校が始まって直ぐの頃から、授業中ふとした時に窓の外を、あいつ・・・遠くをじっと見つめてるんだよ。
普通ならそんな事って思うんだがな。 俺はどうも 『そんな事』 じゃないと思うんだ」
「・・・・遠くを・・・ あちらの世界に想いを馳せておられる・・・?」
「あぁ・・・ そうとしか考えられねぇ」
「最初の頃は良いかと思ってたんだがな。 俺だってたまには思い出す。 だが・・・ずっとだ。
授業中上の空みたいだから、授業内容もろくすっぽ頭に入ってねーと思う。
最初は先生も何も言ってなかったんだが、あまりにも頻繁だったもんで、呼び出し食らってたからな」
「・・・は・・・?」呼び出し・・・?
「厳重注意ってとこだな。 怒られたって事だ。 そういう話は聞いてないか?」
「・・・・いえ・・・ 全く・・・」
「そう・・・か・・・」
二人の間に沈黙が落ちる。


確かに望美は向こうの世界に想い入れがあるだろう。
 だが、そんなにも心残りのような事があったのだろうか。
こちらへ戻って来る時には、晴れ晴れとした顔でようやく戻れると、自分に微笑みかけていた。
二人で出かける際も、何時もの様に微笑を絶やさず、
 頬を赤く染め自分に色んな知りえないものを伝えたいと
先頭を切って手を引いてくれていた。
自分が知らない所で、自分の全く知りえない望美が居る事に苦痛を感じた。
「・・・・・ 兄上・・・ お教えくださって有難う御座いました。」
「望美に聞くのか?」
「えぇ ・・・私の知りえない神子様が居ては困りますから。」
「そう・・・か。 時間取らせて悪かったな」
「いいえ。 感謝いたします。 ・・・失礼致します。」
銀はサッと財布からお金を抜き取り机に置いて席を立って、今すぐにでも立ち去ろうとした。
そんな銀に、将臣はポツリと呟いた。
「泣いて・・・たんだ・・・」
「・・・え?」その言葉にピタリと銀は動きを止め、将臣を振り仰いだ。
「授業中に・・・  見てられなかった・・・」
銀は硬く手を握り締め、口を真一文字に結び、将臣に一礼をして去っていった。

その後ろ姿を見ながら、昔・・・まだ出会って間もない頃の重衡を思い出していた。
あの瞳の奥の狂気が宿るような眼差し。 
見た者を皆、震撼させるに値するような眼光。
「平家の者は畏れが宿ってるな・・・」あの兄もそうだった・・・・ そして、"亡き清盛"も・・・。

「望美に悪い事したかな・・・ だが・・・何時かはこうなるだろうし・・・な」
と、将臣は一人ごち 窓の外銀色の髪が颯爽と歩いていくのを目の端に見つめていた。





銀は砂浜に佇んでいた。

「銀ー!」 そう叫んで、駆けて来る少女を目で追う。
「どうしたの? こんな所で待ち合わせなんて」 
 望美は息を切らせて来たようだ。頬が上気していた。
何時もの自分であれば、自分の為に急いで駆けつけてくれる望美をとても嬉しく思うだろう。
だが・・・。先程の話を思い返すと何とも云い難い思いが胸の内を走り抜けた。

「神子様 突然のお呼び出し申し訳ありません。」
「うぅん そんなの構わないよ」にこりと頬を赤らめて首を振る。
だが、それも束の間。 何時もの銀とは違うと思い、顔に不安の表情が広がる。
「あの・・・銀? どうか・・・した?」
「・・・・・・・」
「私何か銀に酷い事・・・したかな・・・」
 そう言って、シュンと項垂れる望美を見るのは痛々しかった。
「・・・・・神子様・・・」
「なに・・・? しろ・・・がね・・・?」
不安になりながらも望美は、暮れ行く空に銀の表情が見え辛くなる中、必死に顔色を伺った。
「貴女は・・・私の事をどう思われておいでですか?」
「え? そ、そんなの前に話したじゃない」
「もう一度お聞かせ願えますか?」
切羽詰った様な、苦渋の表情で求められてしまえば言わざるをえないと、
自分が今どんな表情になっているのかさえ判らずも、望美は問いかけに答えようと言葉を発した。
「・・・・銀が・・・す・・・きだよ・・・ だからこの世界に来てもらったんだから 本当だよ・・・?」
銀の上着の袖をギュッと握り締め、俯き必死に答えた。
「そう・・・ですか。」
こう言えば、何時もの微笑を、甘くて歯の浮くような言葉が返ってくるとばかり思っていたのに、
 望美の考えは裏切られた。
「え・・・? 銀・・・?」
訳が分からず、俯いたままの銀の瞳を見つめようとした。

「では・・・ では貴女は何故、あの世界に想いを馳せておいでなのですか?」
先程まで俯いて、瞳を覗うのもままならなかった視線は、望美を冷たい視線で射止めた。
その瞳の奥に宿る様な恐怖感と、自分の何もかもを見透かされたような言葉に望美はサッと血の気が引いた。

「・・・・っ なん・・・で・・・」
望美はすぐさま銀から目を逸らし、握っていた袖から手を離した。
「たまにはそういう事も・・・あるよ」
距離を取ろうと、離れようとした望美の腕を、今度は銀が掴んで引き寄せた。
「兄上からお聞きしました。 貴女は最近授業中上の空で、窓の外を見ておられる事が多いと。」
「・・・っ!」
「それは何故ですか? あちらの世界の何方かを想い、馳せておいでなのですか?
 私には・・・話せない事なのですか?」
銀は悲痛な言の葉とは裏腹に、瞳の奥は人を縫い止めるような力を放つ光を宿していた。
「・・・ちが・・・う・・・っ」望美は大きくかぶりを振る。
「お話出来ない事なのですか・・・」
 繰り返される言葉――

―――――苦しくなってくる。
 答えはとうに自分の中では出ていた。 ・・・・しかし言うに憚れる。
こんな事を言っては、・・・こんな我侭な自分を見せてしまえば銀に嫌われてしまう・・・。
そう思ったら、涙が込み上げて来た。


銀の指がそっと望美の涙を拭った。
「・・・・神子様・・・ 私は貴女を泣かせたい訳では御座いません。 ただ・・・不安になるのです。
私の知らない貴女がいる。 ・・・・私は貴女には成り得ません。
  痛みや苦しみ、想いを全て解ろうとする事は出来ません。
ですが一人で思いを抱え込まず、私の事を少しでも良い・・・頼って欲しいのです。
 その想いは、適えて頂けませんか?」


「しろ・・・がね・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・   わたしは・・・」
まだ落ち着かない望美を腕の中に閉じ込め、背中をゆっくりと撫ぜてやる。



何刻経ったのか・・・。 すっかり日も暮れ、辺りは月明かりが照らし出していた。
だが、銀はじっと望美の言葉を待っていた。
何時まででも良い、言葉が聞けるまで絶対に放しはしないと。 思い待ち続けた。



不意に、か細い声が発せられた。
「私・・・」
「はい」
「・・・私・・・ きらわれ・・・ちゃう・・・」
囁くような言の葉に、必死に銀は聞き入った。
「何方にですか?」
「しろが・・・ね・・・に・・・」
 啜り泣きをしながら、たどたどしくも少しずつ言葉を紡ぎだし始めた望美に
諭すように、ゆっくりと先を促す。
「何故、私が神子様を嫌いにならねばいけないのでしょうか」
「だって・・・ 幻滅しちゃうよ・・・」 こんな私じゃ・・・。
また、か細い声が発せられる。
「私は何時までも貴女のお傍を離れません。 貴女が厭と言われてもです。」
「うそ・・・」
「嘘では御座いません。 お話、して下さいますね?」
「・・・・・・・」




暫しの沈黙の後、絶えかねた望美はポツポツと話し始めた。

「折角こっちに戻ってきた・・・のに・・・ 私・・・・」
「はい」
望美は次の言葉を発するのが怖くて、銀の上着を強く握り締めた。

しかし、じっと答えを待ち続ける銀に意を決して言葉を紡いだ。
「向こうが・・・ 恋しい・・・の」

「・・・はい」
ほら・・・ 銀だって困ってる・・・こんな我が侭な私に言葉を詰まらせてる・・・。
「銀に・・・わざわざこっちに・・・来てもらった・・・の・・・に・・・」

「では、向こうへ戻りましょう」
「わたし・・・ ・・・・・・え・・・?」 
銀から、さらりと返って来た言葉に、一瞬何を言われたのか解らなくなり、銀の瞳を険しく伺った。
「どうかなさいましたか?」
「・・・え? だ、だって・・・急にそんな事言われたら怒ったりするでしょう?!
 私の我侭でこっちに連れてきたのに!」
「何故、怒らねばならぬのですか?」
「私が・・・我侭だから・・・」
「神子様。 私は以前お話したはずです。 貴女と共に在りたいと。それはどこでも良いのです。
こちらの世界でも、向こうの世界でも、お傍に居られるのであればどこでも構わないのです」
にこりと銀は微笑む。
「しろがね・・・は・・・っ 私を甘やかしすぎだよ・・・」そう、言葉にするのがやっとで嗚咽が漏れた。
銀はくすりっと微笑み、
「そうかもしれません。 しかし、それ程に私は貴女が恋しいのです」


「・・・・望美・・・」甘い吐息のような声音を耳元で囁かれる。
「・・・っ!? し・・・」
銀のあまりに突然な言の葉に、望美の身体から力が抜ける。
そんな望美を素早く銀は抱きとめた。
「約束してください。 私の知らない貴女を全て私に見せてくださると」
「え・・・」
見つめた返した瞳には、憂いた眼差しを湛える銀が居た。
「貴女は以前仰いましたね。 何度となく時を越えた・・・と。 それが罪だとも仰いました。
私にも決して癒えない罪があります。 死ぬまで背負っていく事でしょう。
しかし、私たちは一人ではない。 私と・・・望美。・・・貴女が居る。
 共に罪を分かち合えば、少しは和らぐ事もありましょう。
そう・・・私に諭して下さったのは、貴女ではありませんでしたか?
 何度でも二人 想いに揺らぎましょう。何度でもお聞きしましょう。
しかし、私は貴女を頼る事を忘れない。 ですから貴女も、私の事を頼る事を忘れないで居て下さい」
「しろがね・・・」
望美から、一筋涙が零れる。 銀は自分の唇を望美の頬に当て、涙を掬い取る。


「ずるい・・・ ずっと・・・ずっと悩んでたのに・・・
   銀は簡単に受け入れてしまう・・・こんな醜い私を・・・」
「醜いなどと・・・」


望美は銀の上着を一層強く握り締め、自分の想いを吐露し始めた。

「迷って、迷って・・・辿りついた筈の道をまた戻って・・・・私は・・・銀に会いたくて・・・」
「神子様・・・」
「ずっと苦しかった・・・本当は・・・和議を成せていたの・・・
 平家と源氏・・・平和な世があったの・・・それなのに・・・私は平泉をもう一度目指した。
貴方に・・・銀に会いたくて・・・私の我が侭で・・・死ななくていい多くの人が死んだ。
 本当は私は幸せになんてなっちゃ・・・いけないんだよ」
望美は苦渋で顔が歪む。

「私の手は染まっているんだ・・・赤く・・・赤黒く・・・
 弔いなんて、そんな綺麗事云ってはいけないと判ってる。
それでも私は、『あの場所』から逃げてはいけないんだって そうも・・・改めて思ったの・・・」

ここはあまりにも綺麗過ぎて・・・平和過ぎて自分の心が寧ろ濁って見えてくる――――


「それに・・・私は銀を傷付けるために向こうに戻ろうって言ってないかって・・・」
「神子様。 貴女がそうおっしゃらなければ、私はただこちらに逃げてきただけになります。」
「銀・・・」
「以前・・・大社で言った言葉を覚えておいででしょうか」
少しの後、望美はコクリと頷いた。
「もう、この過去を忘れたりはしないと。 罪を忘れる事が私に許される事など有りえはしません。」
「ですから、私にも・・・そして貴女にも決心が着いて向こうに戻るならば、
   何も迷う必要は御座いません。」

「あちらの世界では、いつ何時 自分が戦にかり出されるかなど判らぬ情勢・・・
 其処では誰も人を咎めた事を責めたりは致しません。
それが正しかったのだと。生き残る為の最大の抵抗なのですから・・・
 ですから、貴女が本来苦しむ事ではないのです。」
「でも・・・っ!」
「それでも・・・こちらは美しすぎますね。 神子様の想いはお察し出来ます。」

何が悔しいのか判らない・・・
解らないけれど、歯を食いしばらなければ自分のこの悔しさを抑える事が出来ないでいた。


「神子様・・・ 何が平和と云えるのか。何が幸せなのか。 その答えを出せますか?」
「っ・・・」
「申し上げにくい事を私も申し上げます。貴女に嫌われてしまうかもしれない。」
「言って・・・ お願い・・・」
その言葉にこくりと銀は頷いて、言葉を紡いだ。

「こちらの世界は確かに平和です。 ですが・・・それだけです。」
「それ・・・だけ・・・?」銀の言葉に、銀の胸にうずめていた顔を望美は上げた。
「はい。 平和で、とても住むには便利な物が多様しておりますね。 しかしそれだけなのですよ。
皆、あまり物事に関心を寄せていないように思えます。 それも、上の空のように・・・ね。
 (――――以前の・・・私の様に・・・)
戦を好んでいる訳では御座いません。
 しかし、生き甲斐という物も薄れてしまっているように感じるのです。
何でも、機械が行ってくれる。大変な作業の時はとても在り難いと思いますが、
 全てを任せてしまうのは如何な物かと思えます。」

「神子様も・・・こちらに戻られて何か感じた事があったのではありませんか?」
言葉には出さなかったが、頷いただけで分かってくれたようだった。
「それに私は思うのです。 こちらの世界に戻って来たことは、無駄ではなかったと思います。
第一に、貴女のご両親に会えた事。 第二に、多くの知識を得られたこと。
 第三に・・・貴女の本当の内に秘めた想いが分かった事。」
「銀・・・」
「離れてから・・・失ってからしか、分からない事も多々ありましょう」
「・・・・・っ」
「そして・・・神子様が幸せになっては行けないと思われるのは、ご自分が思う事。
 他者が幸せを奪う権利はないのですよ。
もしも自分が悔いるのであれば・・・
 誰かの役に立てる様、ご助力していけばよろしいのではないでしょうか」
そう言った銀の表情にはもう先ほどの様な悲痛なものはなかった。

何時もそうだ。 銀は簡単に私の中のドロドロとした物を溶かしていってしまう。
 それはあの平泉で見た雪のように・・・。
「銀・・・  ・・・り・・・がと・・・う・・・」
 「はい」と云って微笑み、もう一度望美を抱きしめた。




「望美・・・もう一つ、約束していただけますか?
 私以外の者に、貴女の涙を見せないで頂きたい・・・ 貴女の涙は美しすぎるから・・・」
口を開きそうになった望美に、銀は望美の唇に指を立てる。
「そんな事は無いと・・・仰られるでしょう。 ですが、私が言うのです。
 私は真実しか、申し上げません。」

そう、銀は望美に願い出た。



「神子様のご両親を説得するのは難儀かもしれませんが・・・ もう貴女は決めたのでしょう。」 




「あぁ・・十六夜の君・・・  月が・・・綺麗ですね・・・」
ふと空を見上げた銀に習い、見上げた月は十六夜だった。





後日談。


案外すんなりと望美の両親を説得出来た後・・・。

「ようやく決めたか」
「将臣君・・・?」
「俺もその話に乗るぜ」
「乗る・・・って・・・?」
「俺も一緒に向こうの世界へ行かせて貰うぜ」
「えぇっ!?」
「ご同行は勘弁願いますよ」
「誰が行動を共にするかっつーの。 俺は南の島へ行くぜ」
「さようで 兄上が居てくだされば、平家も安泰で御座いましょう」
「俺は将臣として行くんだ。 還内府としてじゃねーぞ」
「分かっておりますよ。 皆、分かっております。貴方が大切だという事を・・・ね」



「有難う御座いました・・・ 将臣」
と、重衡は望美に気付かれぬよう、将臣に礼を云った。
「・・・・!」
将臣は照れ隠しに、頭をがしがしと掻き
「俺は何もしてないさ。 少しだけ、お前と話がしたかっただけだ」と、口にした。
その言葉に重衡は、満面の笑みを浮かべた。
この者が望美の幼馴染で・・・還内府で・・・本当によかったと重衡は思った。




2013.11.2


後記

うちの銀さんは、「」の最後に。と『貴女』が付くと、ダーク重衡or重衡になってる事多々あります。
この回で、現代1部は取り合えず終了です。