譲は練習の帰り道、銀髪の青年を目の隅に見定めた。
「・・・重衡さん?」
その言葉に気付いた相手は振り返った。
「おや・・・ 譲。 今お帰りですか?」
「あ。 はい 部活の帰りです」
「さようでしたか」
「重衡さんはこんな所で・・・何故その格好で居るんですか?」
「ふふっ・・・見つかってしまうとは思いませんでした」
そういって、重衡はふわりと頬を綻ばせた。
【帰り道】
二人が話すのを見て、譲と一緒に居た者は先に帰ると言って、その場を後にした。
「よろしかったのですか?」
「えぇ 後は家に帰るだけでしたから」
「それにしてもどうしたんです? もしかして・・・弓道・・・ですか?」
「流石に譲殿には隠せませんね。 はい。体験をさせて頂けるという張り紙を見つけたもので、
久しく遣りたいと思いましてね」
そう云って、丁度 塀に貼ってあった張り紙を指差した。
そこには、なるほど『弓道 体験者募集中!』と言う張り紙が貼ってあった。
「何も持ち合わせては居ないと言ったのですが、借りられるというので早速 馳せ参じてみたのです」
「そうだったんですね。 あ、今 何か遣っていたんですか? 引き止めてしまってすみません」
「いいえ。 弓道場から今終わりまして、身支度を整えて帰る所で御座いました。
譲殿がよろしければ、一緒に帰っても宜しいでしょうか」
「えぇ 構いませんよ。 じゃぁ俺、この辺りで待ってますね」
「はい。 急いで準備して参ります」
そう言って、銀は足早に体育館の方へ入って行った。
「お待たせいたしました」
そういって銀は譲に一礼し、共に駅の方へ歩き出した。
「学び舎からこちらには、普段来られるのですか?」と、銀は譲に問いかけた。
普通では、此処は望美の学校からでは立ち寄らない範囲だと銀は判っていた。
「あぁ、今日は特別なんです。 他の学校まで出向いて、合同練習をしてたんですよ」
「斯様で御座いましたか」
「重衡さんが弓道をしているとは知りませんでしたよ」
「あの当時は一通りの武芸などは嗜みましたので。 その一環として・・・ですね」
「何時か見て見たいですね。 あ・・・今度 学園祭があるんですが、そちらで見せてもらえませんか?」
「学園祭・・・?」
聞きなれぬ単語が出て来て銀は瞳を瞬かせた。
「先輩から聞いていませんか? 学校の行事なんですけど、
一般の人もその祭りの時は学校内に出入り出来るんです。
催し物をしているので、部活動とかの展示や飲食とか・・・そう云うのを一緒に楽しめるんです」
「そうでしたか。 ・・・神子様にはその様なお話は聞いておりません」
銀は成る程と頷きはしたが、少し眉根を寄せて、首を振り落胆した顔でポツリと呟いた。
その返答に、不味い事を云ってしまっただろうかと、譲は少し不安に駆られた。
「えっと・・・ 多分先輩は忘れてるんだと思うんです。 帰ったら聞いて見ると良いんじゃないかな」
「はい。 後ほど聞いて見ますね」
取り繕うおうとする譲を見て、銀は気を使わせてしまったことに内心自嘲しながら、
気持ちを切り替えて返答をした。
「神子様が宜しいと言って下さったら、その・・学園祭へ行かせて頂きます」
「それに、譲殿の勇姿をあまり見た事が御座いませんので、拝見したいと思っておりましたし」
「えっ?! 俺なんて、全然・・・お見せするのが恥ずかしくなりますよ」
何をこの人は云うのだろうかと、目を瞠目して見返した。
八葉もそうだが、あの世界で出会った人たちは現代に生きる自分達よりも気高く、勇ましかった。
自分の弓道姿を見たいという事に理解できなかった。
「いいえ。 ・・・こちらの弓道はとても神聖で御座いますね」
「え・・・?」
「あちらでは、ただ弓を射てるだけでは有りませんでしたか?」
その言葉にハタッと、気付かされた。
「・・・・確かに・・お辞儀とか、そういう事はしていませんでしたが・・・」
「こちらと違って、儀式の鍛錬の場合は作法が御座いますが、
ただ鍛錬をすると言うのであれば、所作は御座いません」
「清らかな気持ちで望む勇姿を見て見たいのです」
「は・・・はぁ・・・俺なんかでよければ・・・」
弓道に対して其処までいわれるとは思っておらず、何だか照れくさくなってしまった。
「はい 是非」そういって、銀は微笑んだ。
「そういえば、先輩は弓道場へ通う事知ってるんですか?」
銀は唇に手を当て「・・・ご内密に」と、譲に言った。
「はぁ・・・?」望美に隠し事など珍しい。 しかも弓道をしてるという位で。
何かのサプライズなのかな・・・と、取り立てて譲は気に留めなかった。
最寄り駅に着いて、家までの道のり。
不意に銀は立ち止まり、譲に言葉を投げ掛けた。
「私はどこか・・・『おかしい』でしょうか」
「・・・・え?」
譲は、銀の言葉に目を白黒させた。
「あの・・・ すみません。 俺はあまりその・・・ 重衡さんも、銀さんも知らないので・・・」
それもそうだろう。
何の主語も無く、ただ『おかしいか』と聞かれれば、誰もが何とも言えなくなるのは目に見えている。
しかし銀は何となく、聞いて見たかったのだった。
「申し訳御座いません。 当惑させるような事を申し上げましたね」
「いえ。 おかしいと言うのは判らないですが。 でも――― そうですね」
そう言って、暫し譲は考え込み、自分の導き出した言葉を発した。
「一つ云えるとすれば、 もっと『銀さん』でしたら先輩の傍を離れなかったり、
他の人を近寄らせないと思っていましたので。
俺達を信頼して下さってるのは嬉しいんですが
その・・・何だか不思議に思えるくらい、先輩に対して冷静になっている気がします」
「冷静・・・ですか・・・」
少し銀は考え込み、何か合点が行ったようだった。
「譲殿のおっしゃる事は、あながち間違っては居ないように思えます。 謎が解けてよかったです」
「はぁ・・・」
何だか譲は腑に落ちないといった感じで、後頭部を掻いた。
「似て・・・いらっしゃいますね」
「え?」
「兄上と・・・」と言って、くすりと銀は笑った。
その言葉に譲は苦虫を噛み潰したような顔をした。
自宅に帰ってきた銀は一人、自室に篭り物思いに耽っていた。
譲の云った言葉で、銀は複雑な思いがしてきた。
確かに、以前の自分はずっと望美の傍を離れる事を厭だと思った。
高館まで送る日々、何時も離れがたく思っていた。
明日が来るのが数刻後であれば良いのにと・・・
そう思うのに、無常にも夜明けまでは長く長く感じられた。
それがどうだろうか。
今は学校、そしてこの時代の環境からか、
あの頃の様にずっと二人で居られると言うことが、とても大変な事が良く判った。
とても幸福な日々をあの頃は過ごしていたのだなと、唐突に思う。
しかしそれだけではない。
平家に帰還すると言う事もあった為なのか、以前にも増して『銀』であろう自分よりも
以前の『重衡』であった自分の方が心を支配し始めている事に気付いた。
それは、譲すらも簡単に見抜く位だ。 他の二人も気付いているだろう。
重衡に戻ることに対して、怒る者など居ないだろう。
しかし、自分は平家を離脱し『銀』として生きていこうと決めていた。
それなのに、以前の様な頭の冴えるような考えに戻っていく自分を止める事も出来ず、尚且つ
そうして行かなければ、この先向こうへ戻っていくことを考えれば当然の事だろうとも思っても居る。
だが、自分がそれによって望美を傷つけないか・・・それがとても不安になる。
近い将来、望美に自分が本当に必要なのかと・・・聞くしかないのではと心の中で葛藤した。
2015.6.24