【遠い日の記憶】



「どこから・・・お話すればよろしいでしょうか――」




「・・・宗盛さんに・・・私一度も会った事が無かった気がするんだけど・・・」
望美は先程の疑問をもう一度口にした。

其れを機に、重衡は言ノ葉を紡いでいった。
「そうですね・・・ ―――宗盛兄上は重盛兄上が亡き後、政権を握れると思っておりました。
しかし、父上の復活によって不運にもそれは阻まれました。」
「父上はその後、『甦った』重盛兄上をいたく気に入られた・・・
  それにより、宗盛兄上は裏方へ転じるしかなかったのです。」
「・・・将臣君・・だね」 コクリと重衡は頷いて、話を続けた。
「元々 宗盛兄上は、異母兄弟の重盛兄上を好いては居られませんでした。 
私と知盛兄上が還内府殿と共にしているのを良くは思っておられなかったでしょう。
ですから我々とは別行動を取られていたようです。」
「・・・・・・・・・」
「今は南の島での生活を取り仕切っておられるのは、宗盛兄上で御座いましょう。」
「・・・そっか・・・ ・・・あれ? 以前、将臣君が居てくれれば安泰って・・・」
「えぇ 還内府殿は器量がよろしいのでね・・・ 宗盛兄上を裏から支えてくださるでしょう。」
「・・・何か怪しい・・・・・・私の検討がつかない様な事考えてるでしょ・・・」
重衡は、それに関しては、ただニコリと微笑み返すだけだった。
望美としては腑に落ちなかったが、今此処でこれ以上聞くべきことでもないと思ったので押し黙った。




「知盛兄上は・・・・・・」
「・・・知盛?」
「・・・・・・・・・。」
「あの・・・言い辛かったら無理に云わなくても良いんだよ・・・?」
「いえ。 辛い訳では御座いません。」
「じゃぁ・・・」
「知盛兄上に・・・怒られてしまうかもしれませんね・・・
  そして何より―― 十六夜の君の心が知盛兄上に奪われてしまわないかと・・・」
「な、何言ってるの!? そんな事あるはずないじゃない!!」
「どうでしょうか・・・」
「・・・銀 私を・・・信用していないの?」
「いえ・・・その様な事は・・・」
ふぅ・・・と、重衡はため息をついた後、望美に背を向けて話始めた。
「私は、戦に任を受け将として赴いておりました。」
「・・・うん」
「しかしそれは、代理でしかなかった。」
「代理?」
「えぇ 知盛兄上の代理で御座います。」
「え? だって・・・知盛は戦が好きだったんじゃ・・・」
「はい 貴女が知っておられる知盛兄上は、そうでしょう・・・ いえ。確かに好いておられた。」
「だったら・・・」

「貴女から見て、知盛兄上はどの様に見えましたか?」
「え・・・? どの様にって・・・」
「共に・・・少し過ごされたと、おっしゃっておりましたでしょう。
  その時、どの様にお感じになられましたか?」
「・・・・・・うーん・・・」此処で濁すのは、変に捉えられるかもしれないよね・・・。
「血に餓えてる・・・様に見えたかな・・・」
「他には?」
「他・・・? えっと・・・ あ・・・舞が上手かった・・・かなぁ 後は・・・」
「寝ておられませんでしたか?」
「あ・・・  凄いグータラしてた。 朝が弱いだけかなーって思ったけど、何時も眠たそうだったよ」
「あ・・・ご、ごめん・・・ お兄さんの悪口みたいな事・・・」
「いいえ。 私が聞きたかったのは、その事でしたので。」
「え? 眠そうって事?」
「はい。 兄上〔将臣〕も知盛兄上はその様な性質〔タチ〕だと、お思いだったと思いますが。」
「どういう事?」
「知盛兄上のそれは演技でもあったのですよ。」
「えっ 演技?! 全然そんな風には見えなかったよっ」
「もう何年もそうしてきたのです。 他人には演技とは気付かないでしょう。」
「でも・・・演技なんてどうして・・・」
「知盛兄上は戦が好きでした。 ・・・ですが戦場には殆ど赴かない。 おかしくは御座いませんか?」
銀は、なぞかけをするように望美に話しかけ、返答を待った。
「そう・・・だね・・・ 演技してダルイとか・・・言って休んでたの・・・?」
「その通りで御座います。」
それを正解と云われても、望美には納得できない。
あんなに剣を交える事を心から楽しんでいた人が・・・・何故?


そう思い悩み始めた望美を見て、重衡はゆっくりと言ノ葉を紡いだ。

「理由は、―――あの方は予てから病に臥して居られたからですよ。」


「・・・え・・ びょう・・・き・・・?」 

暫し、重衡の言っている事が何であるのか判らなかった。
自分で反芻して漸く理解出来たようだった。
寝耳に水とはこの事だろうか。 全く考えもつかなかった言葉を浴びせられた。

「ご自分が病に掛かっている事を、他の者に覚られたくはなかったのです。
父上はその事をご存知でしたので、あまり前線に立たせることをなさいませんでした。」
「そんな・・・っ」
「父上は、知盛兄上に期待を寄せていた部分がお在りでしたから。
 体調が優れないと分かれば早々に引き上げさせたのですよ。
体調が良くなかったので、良く寝てもいらした。」
「・・・・・・・・・・・・」
「十六夜の君。 大丈夫で御座いますか?」
「あ・・・ ごめん・・・」
「いいえ。 驚かせてしまいましたね」
「・・・うん・・・ちょっと・・・吃驚したよ・・・
  ・・・何だか私・・・知盛に悪い事・・・してたかな・・・」
「悪い事・・・とは?」
「だらだらしてないで、一緒に戦って!とか・・・ ・・・具合悪いなら言ってくれたらよかったのに・・・」
「心配をされたくはないお人だったので。 同情をされるのは一番 厭な事でしたでしょうしね。」

「・・・・・・・・・ 生田の時は・・・元気・・・だったの・・・?」
「戦況は火を見るより明らか・・・ ですから、出陣に異を唱える者も居りませんでした。」
「・・・・・・そう・・・」
俯いて考え耽りそうになり、ハッと気付いた望美は重衡に謝った。
「あ・・・ごめんなさい・・・私」さっき約束したばかりなのに・・・
「貴女は・・・お優しい方ですから・・・」
そう言って、微笑み返してくれた重衡の表情には、陰りが見えていた。
それもそうだ・・・こんな事では先程 重衡に言われていた、
 心を知盛に奪われてしまうと思われてもしょうがない。
何か言わないといけないと思っても、言葉が見つからなかった。



暫くの沈黙の後、重衡は話を始めた。


「・・・私は父上の五男として生を授かりました。 重盛兄上はご存知ですね。
基盛兄上が次男・・・この方は私が五つの頃に亡くなられたのであまり覚えては居りません。
三男が先程お話した宗盛兄上です。四男が知盛兄上。
弟達は、異母兄弟でしたのであまり行動を共には致しませんでした。」
「同母の宗盛兄上、知盛兄上と行動をよく共にしたものでした・・・。
その事も在り、宗盛兄上が任を解いた後、私に左馬頭を継がせて下さったのです。
左馬頭はとても人気が御座いました。
 成れば、当時の実質上の最高職に簡単に届く役職でしたから・・・」


「私は・・・何時も兄上達の後ろに居り、着かず離れず・・・そうして役職・・・将も任せて戴けた。
 ただ・・・それだけなのです。」
「重衡さん・・・?」
重衡の、自分を嘲る様な喋りに望美は不安を覚えた。

「そんな日常に・・・私は飽いてきておりました。 何も自分がせずとも、役は回ってくる。
他の者はのし上がろうと必死にもがいているのを横目で攫って行く。
 それが当たり前で御座いました。」
「でも! それでも、重衡さんは皆に信頼されていたからこそ戦いに赴けたんでしょ?」
「・・・・・・ 南都焼き討ち――――」
「え・・・」
「あのような事をしでかした私を・・・皆が信頼して共に戦っていたとは思えません。」
「そんな・・・ 云ってたじゃない・・・風で火が民家に飛び火したって・・・っ!」
「えぇ ですが、その指揮をしていたのは他でもない私です。
 食い止められなかった責は全て私にある。」
「それじゃ・・・・・・重衡さんが・・・銀が可哀相だよ・・・っ」
「将とはそういう者。 そう、分かってやっております。 ・・・しかし・・・悲しかったのは事実です。」
「・・・重衡さん・・・」
「普通の戦場ならば、仕方のない事と済ませたでしょう。
 ですが寺院に多大な損失を被った事に、私は喪失 致しました・・・
自分は悔いても、拝めない・・・拝んでも仏に・・・仕打ちをした私は、拝んでもいけないのではと・・・」
 
「神はお怒りでしょう・・・ 誰に・・・許しを乞えばいいのか・・・判らなくなっていた・・・」
「・・・・・・っ」
自分の事ではないのに、こんなにも胸が締め付けられる思いがする・・・
 望美は聞いている内に苦しくなってきていた。


「そんな苦痛に苛まれていた頃・・・・・・東国への出陣が決まった折に、
 十六夜の君・・・貴女は現れた・・・」
「重衡・・・さん」
「初めは、私と知盛兄上を間違えて居られるのだと思っておりました。
しかし、話していくうちに貴女は必死に私に言ノ葉を紡がれておられる事に気付いた・・・
私の様な堕落した者に・・・ 天女は微笑まれるのかと・・・
 何時しか私は貴女に縋っていた 次の逢瀬が待ち遠しくなった・・・
ですが、『銀』と言う名にまだ疑問を持っておりました。
 私は初めてお会いしたのに、貴女は初めてではないと言う。
やはり、知盛兄上・・・はたまた違う兄弟と間違えておられるのかと・・・
 それでも、募る想いは尽きませんでした。
御仏に見放された私は・・・、天女には救いを求めても良いのかと・・・
 そう、錯覚をし始めておりました。」
「・・・・・・・・・・・・」

「その後は生田の森で、乳母達に見捨てられ・・・鎌倉方に捕らわれました。」
それは知っていた。知っていたが、望美は『最後の道筋』では敢えて通らなかった。
通ってしまったら、手を離せなくなってしまいそうだったから・・・。

「その後 捕虜となり、鎌倉へ送られた私を待っていたのは政子様の誘惑・・・」
「ゆう・・・わく?」

「えぇ――― 南都の事を忘れさせてくれると・・・何度も繰り返し言われ続けました。
 私は毎度も辞退しておりました。
しかし、よく判らぬ強い力によって私は組み伏せられていた・・・ その時思い描いたのは――――」
今なら理由は判る。政子さんに取り込んでいたダキニテンの力で重衡さんは記憶を失ったのだと。
「・・・・・・重衡さん?」

「・・・南都を忘れたいと思ったのではありません」
「え・・・? 以前 私にはそう・・・」


悲痛な面持ちで・・・しかし、しっかりと望美の瞳を見据えて銀は言葉をついた。
「・・・愚かな私は、あの時はそうとしかお答え出来ませんでした。
 ・・・本当はあの時、貴女の言ノ葉を思い出していた。」
「私の・・・こと・・ば?」
「はい・・・ 未来で私を助けると・・・『銀』と言う者を助けると。 私はその言ノ葉に縋った。
意識を手放せばこの先で、もしかすると十六夜の君に出会えるのでは・・・と。
  淡い期待を思い描いた後、意識は遠退いていきました。」
「・・・っ! 私が・・っ 私が銀を・・・作ってしまったの・・・?!」
「いいえ。 私は貴女に会いたかった。
  恋ていた・・・そう想う気持ちが、『銀』を作っただけで御座います。
 貴女が悩む事では御座いません。今、此処にこうして貴女と居られる事。
 それが今の私には何よりの至福の時で御座いますから。」
「ごめん・・・ごめんなさい・・・」
「十六夜の君・・・ 謝らないで下さい。
  結局、私は逃げたかった・・・何かに・・・縋りたかっただけなのです・・・」


胸が張り裂けそうだった。自分は本当に銀の・・・重衡の事を何も解っていなかったのだと・・・。
自分は銀の優しさに甘えていただけだったのだと・・・改めて気付かされた。






2016.4.10


後記