カタンと襖の開く音が聞こえ、振り向かずとも誰が其処に立っているか銀は解った。
「十六夜の君・・・今宵は貴女にとって、とても特別な月が出ておりますよ」
「え?」
『十六夜の満月』
そう言われて縁側へ向かい、銀の横に共に座って月を見上げる。
「えっと・・・ 満月・・・なのかな?」
はて。
満月は確かに自分の名と重ねられていたのには覚えがあるが、これは何時もの満月と何が違うのだろうか。
「はい。 満月で御座います」
「う・・・うん? 何時もより何か特別な月って・・・満月だから?」
そう尋ねると、微笑を湛えながらも銀は首を横に振った。
「ふふっ 以前の私は貴女の真名を知りえておりませんでした。
平家に居た頃、兄上が口にしていたのは聞いては居りましたが―――」
「えぇっ?!」
「貴女と譲殿の事を想い、月を見・・・馳せて居られた」
「な、なんだ。 そうだったんだ」
流石に照れくさくなってしまう。 満月を見て私を思い出してくれていただなんて・・・。
「自分で言っておきながら・・・他の男人に気を獲られてしまわれているのを拝見するのは悲しいですね」
その言葉にハッとしながらも、抗議の声をあげる。
「もう! 本当だよ! 吃驚する事言う銀が悪いんでしょ」
「すみません」
謝り、憂いた表情で満月を見上げる銀の横顔がとても美しく儚く・・・
あの時自分が月に還ってしまうのではと云われたが、
今は銀の方が何処かに行ってしまいそうだと、望美は気付かぬ内に銀の服を握り締めていた。
それに気付いた銀は、そっとその手に自分のそれを重ね先程の言葉の続きを話し始めた。
「今宵は、満月――――しかし、十六夜でもあるのですよ」
「―――え?」
流石に意味が解らず、銀をじぃっと見つめてしまった。
「その様に十六夜の君に見詰められるとは――― 次へのお誘いを戴いたようで・・・」
一瞬、何の事を言われているのか解らなかったが、
反芻して耳まで真っ赤にして銀に反論しようと口を開こうとしたら、
銀の手に口元を遮られ、先に続く言ノ葉を銀が紡いで言った。
「月齢と、新月からの数えは毎度同じ訳では御座いません。
今日は珍しく、月齢の満月と新月から数えて十六夜が丁度重なり合い・・・
この様に、この刻限に見上げられるのも珍しいのです」
「そうだったんだ・・・」
そう言って、また二人月を見上げていたが、やはり望美は銀を・・・ いや、重衡が気になってしょうがない。
自分を月に喩え、待ち続けていたと何時も言っていた。
望美にはそれ程、月に感情を傾ける事は無かったように思う。
そう思うとこんなにも、艶めいた顔で月を見詰められていては、
自分ではない他の人を想い描いてるのではと不安になってしまう。
「銀・・・」
「はい?」
「私はずっと貴方の隣に居るよ? 手の届かない・・・見上げるしかないところには居ないよ」
その言葉に、銀はハッとした。
自分が、重衡、銀と区別されて不安に感じたように、
今この少女は自分の事で不安になってくれているのだと・・・。
「申し訳御座いませんでした。 貴女は『此処』にいらっしゃいますね」
「・・・うん」
珍しく、そう言葉を発しながら自分からソロリと銀に腕を廻そうとする望美を愛おしく
やはり銀の方が素早く自分の胸の内へと抱きすくめた。
「そう言えば、私に御用が有ったのでは?」
「あっ!! ご飯!!!」
二人は急いで縁側を後にしたが、銀はフッと月を見上げ
もう月に囚われるのではなく、望美にだけ囚われようと思ったのだった――――
2013.11.21
後記
食事後には十六夜の月に変わってるんですかねー?この物語は今年で言うと2013年3月27日の18時前になりましょうか・・・。
一年を通すと、四度位満月と十六夜が合さる時があるようですが
時刻まで見ると一年に一度位なのかなと。
月齢カレンダーが欲しいなと思っていたら、こんな話が書きたくなりました。
と、言いつつはっきり自分でも月の運行を理解していません(死
ここ違う!って、知っている方はコッソリ教えてくださいませ^^
月齢は、新月(朔)を迎えた瞬間から何日経過したかその日数を表すものですので、
新月から次の新月までの間は、毎日同じ時刻の月齢の端数(小数部分)は、同じになります
また、新月から新月までの長さ(これを「朔望周期」といいます)はまちまちですので、
十五夜の月 = 月齢15の月 = 満月
という関係が成り立つとは限りません(月齢0が新月ということだけは確実ですが)。
(↑上記、月齢カレンダー説明より拝借)