バレンタイン2014



「銀! 明日は絶対に駅に迎えに来ないで!」
「・・・・は?」
凄い剣幕で望美に言われ、気付かぬうちに銀は首を縦に振っていた。

そんな、2月14日の前夜のやりとり。



何やら巷では、『2.14 バレンタイン』と称した催しがあるようだ。
きっとクリスマスの時同様、贈り物を好きな人と交換するのではと銀なりに、考えていた。

その為に、望美が気になっていると以前云っていた菓子を、
 密かに買い求めようとしたのは、云うまでもない。

女性が何時も以上に並んでは居たが、望美の為と思えば銀にとって
 たとえ其処に自分以外男性が並んでいなくとも、気にならない。
寧ろ、これ程女性が並んでいるのだ。 美味しいのだろうと確信も持てる。
菓子を受け取る時の銀は、望美が受け取る様〔さま〕 を思い描き、
 店員にそれはそれは優しい微笑を見せて、有難う御座いますと口ずさんで去っていった。

後に残された女性達が惚けるのも知らずに―――――



望美は何でも美味しそうに食べる。
しかし、譲の手料理に勝る物はないだろうと・・・銀は分かっていた。
喜び具合いが違うのは、やはり分かるのだ。

以前、譲が『蜂蜜プリン』という物を作った時だった。
「うぁあああ プリン、プリン♪ はっちみっつプリン〜♪」
一口頬張ると、とろけるような満面の笑みを零す。
「京で食べたの思い出すよー!   んん・・・でもこっちで食べる方が
 材料が違うからかな、一段と美味しいね!  ・・・もう一個良い?」
直ぐに器を空にさせ、望美は譲におねだりをする。
そんな望美を分かっていたのか、苦笑しつつも嬉しそうに譲は微笑みかけ
「えぇ まだ有りますから、幾つか家に持って帰って下さい」
そう云って、譲は簡単に望美を喜ばせた。
「わーい! やったね、銀。  銀も気に入った?」
「・・・はい。 美味しゅう御座いますね」
「うふふ 譲君は料理の天才だね〜 大好き」
「・・・・・」
「そ、そんなに褒められる程じゃ・・・」
「謙遜しすぎだよー」
「えぇ。 本当に、譲殿はとても料理の才を持っていらっしゃいますね」
「ねー」
そんな譲とのやり取りを思い出す。

自分には、あの様に簡単に『好き』とは言って下さらないのに・・・。
譲や将臣には、簡単に口にする望美。
其れを思い出したら、先程の微笑とは一転、胸が苦しくなった。

幼馴染としての仲睦まじさは知っている・・・
それはどうにも出来ない、自分との深い溝なのだとも・・・。
だが、それを壊してまで望美のあの笑顔を失いたくは無い。
彼女には、笑っていて欲しい。 何時も微笑を湛えていて欲しい。
そう思うと、嘘を吐〔つ〕いてでもあの場を凌げれば良いのだと思うしかなかった。




自宅への岐路、駅前を横切る形になる。
望美が帰ってくる時間には程遠いので、約束を破ったわけではない。
そう思っていた銀は、別段気にもせず歩みを進めた。
駅が近づくにつれ、何やら女性のざわついた声が聞こえてくる。
今日はこの辺りで『撮影』でもあるのだろうか・・・と、その声に特に気に留めなかった。

鎌倉へ望美と出かけた際、『撮影』という物をしているのを何度か目にした。
ロケーションにこの地域は良いと言う事で、良くある事なのだと聞いた。


銀が駅前を通り過ぎようとした時、急に複数の女性に声を掛けられた。
何故自分が声を掛けられるのだろうかと、不審に思いながらもその声に答える。
「はい? 私に何か御用でしょうか」
そう問い返すと、一様に色めきだってザワザワとざわめく。
銀は困惑の色を面に出すと、女性達は慌てて謝りながらも持ち寄った『物』を
受け取ってくれと懇願し始めた。
「・・・私は、初めて皆さんとお会いしたと思いますが・・・」
会ったのも初めてな人に、物を受け取っても良いのかと不信感が募る。

望美以外の女性にほぼ記憶は無かったが、会話を交わしたことはあった。
待ち合わせの時に、道を聞かれた事が幾度か有ったからだ。
 だが、その程度で顔など憶えているはずもなかった。
後知っているのは、社内に女性が数人居る程度。
自分の知りえる女性は、軽く見ても其処には居なかった。

困り果てて居たら、急に一人の女性が胸に『物』を押し付け駅の方へ駆け出した。
それを見た他の者も、同じように銀の周りに『物』を置いて、走り去っていってしまった。
『物』を捨て、皆を追うことも出来ず暫くその場で呆然と立ち竦みながらも、
仕方なく置き去りにされた『物』を拾い集めて、銀は自宅へと戻って行った。





がちゃりとドアが開く音がした。

「たっだいま〜♪」
その声を聞いて、銀は思わず頬を緩めてしまう。
玄関へと続く廊下を歩いて行くと、望美が微笑んで近寄ってきた。
「神子様、お帰りなさいませ」
「銀! だたいま!」
「ごめんね、昨日は我が侭言っちゃって・・・」
「いいえ。 神子様が我が侭を言って下さるのは珍しいので、たまにはそれに順ずるも由かと」
そんなものなのかな・・・?と、少し顔を赤らめつつも、怒ってはいない様な銀に、望美は安堵した。
銀は微笑を湛えながら望美を引き寄せ、自分の部屋へ誘う〔いざなう〕。

望美は「お邪魔します」と、我が家の一室に入るのについつい言ってしまう。
フッと部屋の中を見ると、山になった袋があった。
「え・・・」
そう言葉を紡いで、呆然と立ち尽くす望美を見て、銀は眉根を寄せた。
「どうされました? 神子様」
「・・・・なんで・・」
望美は俯いて口を真一文字にし、震える拳を隠して悔しさを何とか押し留めようとした。
「はい?」
しかし、あっけらかんとした銀の返答に、望美は思いもしない程大きな声で怒鳴っていた。
「・・・っ 何であんなにプレゼント貰ってるの?!」
その声に驚いた銀は、訳が分からず戸惑いを見せる。
「神子・・・様・・・?  私に何か・・・至らない事があったでしょうか・・・」
銀は本当に、何の事で望美がこれ程に自分を叱咤しているのか分からないで居た。

望美の腕を掴み、懇願するような瞳で望美を見続ける銀に、ハッと望美は我に返った。
銀は何も知らないのだ。 知らないのに、自分ばかりが銀をただ怒るのはおこがましい事だと・・・。
「あ・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・」
そう思い始めると、急に身体の力が抜けて涙腺も緩んだ。
そんな望美をしっかりと抱き留め、髪を梳いて落ち着かせてくれる銀に、自分の醜さが露わになる。
「銀は・・何も・・・悪くないのに・・・怒ってごめんね・・・」
「いいえ。 私が知らず知らずのうちに、神子様にご不興を駆る様な真似をしていたのですね。
申し訳御座いません」

「うぅん・・・  あの・・・あの袋の山は、どうしたの・・?」
そう尋ねると、今日遭ったあらましを銀は事細かく望美に話した。


「そう・・・だったんだ」
「はい。 私はあの袋を持って帰って来てはいけなかったのですね。 申し訳御座いませんでした」
銀は望美の表情から、本当に申し訳無さそうに謝罪を陳べた。
「銀は悪くないよ、誰だって皆・・・」
「はい?」
「あ・・・何でもない」
「何でもなくはないでしょう。 はっきりと仰って下さい。」
急に銀は望美に食って掛かった。
その事に、望美はビクついたが肩を落としてポツリポツリと喋り始めた。
「今日は、・・・好きな人に贈り物をする日なの・・・」
「クリスマスの時と同じですね」
銀はそう言ったが、望美は首を横に振る。
何が違うのか・・・そう声に出そうとしたら、俯いたまま望美は答えた。
「女の子が・・・勇気を出して、・・・好きな人・・・気になる人に想いを伝える日なの」
気になる・・・あぁ、だから貰う相手はその人をあまり知らなくても、
『物』を渡そうと必死だったのかと、ようやく銀は納得が云った。
そしてハタと気がついた。
「若しや、今日駅で帰りをお待ちするのを拒まれたのも・・・」
コクリと頷かれてしまえば、先程までの重苦しかった心が軽くなっていた。
「何で・・・そんなにニヤケてるの・・」
ムスッとしている望美とは対照的に、銀は顔を緩めて微笑んでいた。
「その様な甘美な想いを内に秘めていて下さっていたとは・・・嬉しくて顔も綻んでしまいます」
「ふっ、普通こんな醜い思いは嫌われる事だよっ!」
「私とて、神子様を独占したいと思っているのですよ?
 神子様も、私をそう思って下さるのであれば、こんなに喜ばしい事は御座いません」
そう云って、抱きしめていた力をより強めた。
「・・・・っ ありが・・・とぅ」



「して、私は神子様からのプレゼントは戴けるのでしょうか・・・」
上目使いで首を傾げて見詰めてくる銀に、お預けを食らった犬の様だと望美は思ってしまった。
可愛い・・・なんて云ったら、怒られちゃうかな・・・。
「欲しい?」
そんな銀を見ながら手なずけるように、声を掛けていた。
先程の険悪な雰囲気が、嘘の様に消え去っていた。
「他の方から受け取ってしまいましたが、私は神子様から戴ける物だけが欲しいのです」
「銀・・・えへへ・・・ありがとう」
望美は照れながらもガサゴソと持っていた袋から、一つ箱を取り出した。
「作ってみたの・・・あまりこったものじゃないけど・・・」
「神子様手製・・・で御座いますか?」
「う・・・うん・・・」
自分が調理不得手なのを理解しているからこそ、申し訳無さそうに望美は言葉を紡ぐ。
変にこって何か失敗をするよりも、
自分の手で仕上げたものを上げられたら良いと、最終的に判断したからだ。
だから、別段難しい作業はしなかった。

銀は、望美からその箱を受け取り開けてみる。
「これは・・・チョコレート・・ですか?」
以前口にした、甘い菓子の様だった。
「うん。 チョコレートだよ。 あ、銀は苦手だったかな・・・」
確かに初めて食べた時、あまりの甘さに驚いたが苦手と云う程ではなかった。
そして、望美が手製で作ってくれたものを拒むような事があるはずがなかった。
「いえ。 ・・・神子様、食べさせて戴けませんか?」
ニコリと微笑み、銀は望美に願い出た。
「へ?! えっと・・・う、うん」
仲直りの印もあるかなと、望美は頷いてチョコレートを受け取り銀の口元へと運んだ。
パクリッと頬張り、口の中で味わう。

「・・・どう・・・かな?」
うーんと、難しい顔を銀がし始めたので、急に望美は不安になった。
「あれ・・・何か変な物入れたかな・・・だ、大丈夫?」
「確かめて見ますか?」
と、銀が云ったかと思ったら望美の唇は奪われて、
強引に口を開かれ、チョコレートの欠片を入れられていた。
「んン・・・?!」
驚きに目を白黒させながらも、頬を真っ赤に染め上げていく望美に、嬉しさが込み上げる。

「神子様の唇も相まって、とても甘やかで大変美味しゅう御座いましたよ」
有難う御座いましたと、満面の笑みを返した銀を、
 望美は完熟したリンゴの様になりながら、講義の声を上げたのだった。






その後 ―――――

「して・・・その袋の他の物は・・・」
「あ。 将臣君と譲君にもね」
「・・・・・」
「えっと、勘違いしないでね? 本命は銀だけで、二人は義理チョコだから」
「いいえ、なりません。 他の方が、神子様が作った物を食べるのを、考えたくも有りません」
銀はキッパリと言い放つ。
「で、でも・・・」
「神子様。 私が他の方から戴いたプレゼントを食べているのをよく思われますか?」
それでも良いならば・・・。
そう言われると、望美も困ってしまう。
「わ、分かったよ・・・ でもどうするの? この袋の山」
「ですから、私が神子様の残りを戴いて、この袋は全て神子様に差し上げます」
なんだか腑に落ちないが、しようがなく望美は頷いた。


「それと・・・女性からとは知らず、私も神子様の為にと思いこれを・・・」
そう言って取り出した菓子に、瞳を輝かせた望美を見て、微笑み胸を撫で下ろす銀だった。


そして二人はその後、コンビ二にチョコを買いに行ったのだった。


2014.2.15

後記

間に合いませんでした・・・グッタリ
望美はもちろん外でチョコを作りましたっ (有川家じゃないよっ)