2014 銀ハッピーバースディ



今日は私の誕生日と言う事で、望美と横浜で待ち合わせをしていた。
仕事が終わってからだが、此方の方が学校よりも早く終わる。
前もって望美を待たせずに済みそうだと、心の中でホッとしていた。
電車を乗り継ぎ目的の駅へと到着する。
予定の時刻よりも大分早く着いたので、喫茶店に立ち寄ることにした。

望美には、何かと待ち合わせる事に不便だろうと携帯を持てば良いのではと云われたが
自分の世界へと戻ると決まった時点で、きっぱりと断った。
便利なものに慣れすぎてしまえば、還った時に・・・特に望美と接する事が容易だったものが
不便となってしまっては、何かしらで遠出をしなければならなくなった時に
自分がそれに耐えられなくなっては元も子もない。
なので、待ち合わせの時刻よりも大分早い時間から、すれ違わないように何時も待っている。

電車とは便利なもので、時刻にかなり正確だ。
何か遭ったとしても、直ぐに情報が流れてくる。
ただただ不安に駆られ、待ち焦がれるのとは違うので有り難い反面、
やはり何処かに焦燥感も生まれてくる。

待つという行為に、自分としてはまだ馴れぬ地である為、
  一つ一つのモノをゆっくりと観察出来る事もあって苦にならない。
ぼぅっとそれとなしに眺めていたら、急に声を掛けられた。

「こんな所で珍しいですね。 春日さん」
その言葉に少し驚き、声のした方に視線を向けると女性が立っていた。
「えぇと・・・横山さん・・・でしたでしょうか」
「憶えていて下さったんですね」
横山と呼ばれた女性はニコリと笑って銀の隣、少し間隔を置いて並んだ。
「社内に女性は少ないですから」
その返答に何となく納得して横山は頷いた。

「ご自宅って、鎌倉の方でしたよね?」
そう横山は銀に尋ねると、その言葉に頷いて答えた。
「はい。 今日は恋人とこちらで待ち合わせをしておりますので」
「わぁ そうだったんですね」
「横山さんは?」
「私もなんです」
なるほど、今日は土曜日。 普通の仕事についている者であれば、休みの人も多いだろう。
望美は土曜ではあるが、学校が出の週であった。

「羨ましいな。 春日さんの彼女さん」
「・・・・は?」
その言葉に一瞬瞳を瞬かせて、横山の方へと視線を送った。
「こんなに格好良い彼氏さん、羨ましいと思いますよ。 私の彼、地味なんですよ」
「しかし、良いところがあってお付き合いなさっておられるのでしょう?」
「えぇ、もちろんですけど・・・人ってほら、欲張りでしょう?」
欲張り・・・確かにそれはそうかもしれないが、自分が良いのかどうか判らない。
思案顔の銀を見て、くすくすと横山は笑う。
「ふふっ 役得だわ。 社内の女性は皆、春日さんとお話したいって思っている人多いんですよ」
「はぁ・・・」
「でも、春日さんってお話しても目を合わせてお話してくれないって聞いてたんです」
「・・・・・・」
「彼女さんの為ですか?」
確かに、あまり女性と話すと良くないだろうと避けていたのは確かだが、
 知らぬ間に、以前のクセが普通に出てしまっていたらしい。
「不快にさせていましたら申し訳御座いません。 あまり意識していたつもりはなかったのですが・・・」
「そうだったんですね。 何だか意外でした。 でも、それは続けた方が良いかも知れませんね」
銀が何故と答えるよりも早く、横山は答えた。
「彼女が見たら、嫉妬しちゃうかも?」 横山はくすくすと笑いながら改札の方を見る。
返答に困りつつも横山に釣られて銀も前を見ると、望美の姿があった。
「み・・っ 望美」
何時もの様に呼ぼうとしたのを咄嗟に押さえ、真名を口の上に乗せる。
「あちら、彼女さん?」
「えぇ。 ―――ではその少し奥にいらっしゃる方は横山さんの?」
「ふふっ そうです。 地味でしょう?」
「いいえ、素敵な方だと思います。 とても貴女を気にしていらっしゃる」
そうかしら? 確かに呆然とこちらを見てるけど・・・。
「それにしても彼女さん、学生さんだったんですね。 とっても可愛らしい」
「私には勿体無いくらいの方です。 ではまた会社で――失礼」
銀は歯の浮くような言葉をさらりと云って、横山に一礼すると、真っ直ぐに望美の方へと歩みを進めた。

「・・・えっと・・・あの」
「学業 お疲れ様で御座いました 神子様」
「あ・・・う、ん・・・」
チラリと後ろを振り返ると軽く会釈をした彼女に、望美もつられてお辞儀した。
「彼女は、会社の同僚で御座いますよ」
「えっ!?」
その言葉に、横山の顔をもう一度振り返って見た。
「彼女も、恋人と待ち合わせをしていたのだそうです」
ほら、あちらで立ち尽くしている。
そう言われて今度はそちらへと顔を向ける。 すると、男性の方はこちらを睨みつけていた。
横山は申し訳無さそうに、両手を合わせて身振りでごめんなさいと、銀へ ペコペコとお辞儀をしていた。
会話をしていた事が、気に食わなかったようだ。
「望美」
「へ?! ど、どうしたの?」
突然真名で呼ばれ、驚きながら自分を見上げた望美の額に優しく口付けをした。
「っ?! しっ、、し、、しろがね!!! こういうところでしないでって!!」
「ふふっ」
唇ではないにしろ、こんな事は普通公共でしないだろう。
真っ赤になって望美は怒るが其れを見ると、
  銀は純粋な反応に喜んで、全く反省などしていない様子で望美に微笑み返した。

それを見た男性は、今度は顔を真っ赤にしながらその光景をまたも呆然と見送った。
そんな彼氏に呆れながら横山は言い放った。
「もう! だから言ったでしょう? 彼は会社の同僚なだけだって」
「・・・・・あ、あぁ・・・」
確かにうちの会社には似つかわしくない容貌の人だ。
 疑われても仕方が無いかもしれないが、あんなに彼女を溺愛している様を目の当りにしてしまえば
今までの社内での行動にも納得が云った。
「私もアレくらいまでとは言わないけど、皆から素敵な彼氏さんって言われる人になってもらいたいなー?」
顔なんて言ってないからね!と、付け加えながら彼女は微笑んだ。
「えっ?!」
我に返った男性は、彼女にじっと見詰られて戸惑いながらも善処するとぽつりと呟いた。



「どちらへ行かれますか?」
「・・・えっと」
まだ気にしているのか、うわの空の望美に銀はクスリッと笑った。
「ちょっと・・・今笑ったでしょ・・・」
「はい」
「・・・・・・」
「もういい」
ぷいっと、望美は銀の手を離して前に一人進んでいこうとする。

自分の知らない銀を知っている人。
何時もの待ち合わせの時に、女性に言い寄られているのとは訳が違う。
そして、ついつい学生の自分と比較してしまうのはしょうがないと言うものだ。
(乙女の気持ちもわからないだなんて!)
と、ついムキになっていた自分に笑った銀に悔しくなった。
どうせ何時も私は余裕が無くて、どんな女性に対しても優しく接している銀にそわそわしているのに、
私のこんな挙動を、銀は全く理解してくれていないんだろうと落胆した。

「っ 神子様!」
望美の後ろを追いかけて、その手をもう一度掴もうとする銀をまた振り払ったら
後ろから抱き締められた。
「っ・・・! し、銀! だから公共でこういう事しないでって!!」
キッ!っと睨んで後ろに顔を向けたら珍しく銀が怒ったような表情を向けていた。
「私のお気持ちもご理解して下さいませ」
「そっちが先に笑ったんでしょ? それに――」
「神子様。 私は貴女以外の女性には興味は御座いません」
「貴女に捨てられたならば、私は生きては往けません」
切羽詰ったような表情で見詰られてしまえば、流石に自分が怒りすぎたのだろうかと困惑してきた。
「と、取り合えず離して・・・」
「はい」
望美が訴えると、直ぐに銀は望美を離した。
「御手を・・・」
「・・・・・」
結局差し出された手を払いのける事は出来ず、仕方無く手を重ねた。


「・・・・・」
「神子様。 私は神子様の思われる様な事で笑ったのでは御座いません」
「じゃぁ・・・何・・・」
「私の事を想って下さっている事に、嬉しくてつい微笑むだけでは飽き足らず、声まで立ててしまいました」
申し訳ないと銀は謝った。
想ってって・・・た、確かに自分は銀が他の女性と話しているのが嫌で・・・其れを思い返して・・・。
「ですから・・・私を好いて下さった事に嬉しくて・・・で御座いますよ」
「・・・・え・・・?」
「こんなにも自分の様な存在を、好いて下さっている事に・・・自惚れても宜しいでしょうか?」
満面の笑みで見詰返してくる銀に、望美は怒っていいのか喜んでいいのか判らなくなる。
(あーもー・・・っ)
望美がこんなに嫉妬している事を、自分を好いてくれているからこそと
素直に解釈してしまう銀に、恥ずかしすぎてどうすれば良いのか悩んでしまう。

いや・・・、今に始まった事ではなかったはずだ。
だが、こちらの世界に戻ってきた事でやはり状況が違いすぎて自分の方が焦っているのは事実だった。
「それは謙遜しすぎで御座いますよ」
そうだろうかと口を尖らせ眉間に皺を寄せて上を見上げたら、銀は溜め息を吐いて話し始めた。
「私があまり貴女を待ち合わせで、お待たせないようにしているのはお分かりですか?」
「・・・・え?」
そうだったっけかと、思い出してみると・・・
  確かに殆ど外で待ち合わせる時は、銀が先に来ていて待たせている事が殆どだった。
「えっと・・・ごめんね、全然気付かなくて。 私ももっと早く着くようにするよ」
「いいえ。 私がお待ちしたいのです。 ご理解、戴けますか?」
確かに平泉に居た頃から、自分から銀の元へと赴く事は少なかったように思う。
平泉で以前一人でぼうっと歩いていたら、銀と出くわし酷く怒られてしまった事があった。
その事をまだ云っているのだろうか・・・。
「えっと・・・銀? 此処は平泉みたいに敵が出る訳でもないから・・・」
「神子様はご自分の魅力を全く理解されておられません。」
「は・・・?」
魅力・・・? なに・・・それ・・・
「ですから、貴女を一人待たせるのは厭なのです」
思考が大分低下している望美は、何とか頭をフル回転させて銀の言っていた事を何度も反復させる。
反復させていくうちに、段々と顔が赤く染まっていった。
「そ、そんな嘘・・・」
「嘘では御座いません。」
「だって・・・」
銀に近寄る女性の様に、私に話しかけてくる男性なんて殆ど居ない。
流石に地元で道を聞かれる事は何度かあるが、銀の様な誘いは多分無かった気がする。
何か変に誤解しているのだろうと、茶化そうとしたのだが
銀の真剣な眼差しに、言葉を飲み込んだ。
「男は皆 下心を持っておりますよ」
「・・・銀も?」
「はい」
そ、そこ、即答なの?!
「ですが、こちらの世界の男性はそれほど積極的な方は少ないようで多少は安心してはおりますが、
何時ヒノエ様の様な方が、神子様の前にお出になられるか知れませんので――」
あ・・・まだヒノエ君の事 気にしてるんだ。
「私よりも他の方にお心を寄せる貴女を見たくは御座いませんので」
「で、でもそれなら私も同じだよ!」
そう詰め寄ってみたが、銀は顎に手を当て、少し考えてから話し始めた。

「―――先程、同僚の方に云われました」
「へ?」
唐突に話が変わった様で、望美は声が裏返ってしまった。
「話しをしても、目を合わせて話してくれないと・・・」
「神子様以外の方とお話をする場合は目線を下げておりました。
  私としては、昔のクセをしていただけでしたから気に留めておりませんでしたが・・・」
他人に指摘されて、珍しく驚いたのだという。
確かに平家に居た時には扇子や簾があったので、人の顔をはっきりと見ないのが当たり前であった。
こちらの女性達は其れを敏感にとらえ、皆一様に目を合わせてくれないと思っていたようだ。
然し、其処は他人だ。 銀が気にする事ではないと思っている。
「私は意識してその様に出来ますが、神子様はその眼〔まなこ〕でしっかりと相手を捕らえるでしょう?」
「えぇ・・っと・・・」
戸惑いを見せる望美に銀はまたも言葉を綴る。
「その様に、上目遣いをなさると誘われている様に思えてなりません」
「なっ!? さ、誘ってなんていないよ!」
そうでしょうか? と云って、真正面から望美を見詰る銀を、
  寧ろその整った美しい顔を真正面でずっと見続けていられず、ギブアップと望美は顔を背けた。
「し、銀の理屈は判ったから・・・」
「では機嫌を直して戴けますでしょうか」
そうだ、そう言えば自分が機嫌を悪くしていたんだった・・・。
しかし、こんな言葉のせめぎ合いを続けていたら流石に自分の許容量を越えすぎて、
 銀にこれ以上抗議し続けたところで、勝てる見込みが無いと諦めた。
「判った、わかったよ。 ごめんね」

「では・・・誕生日という物を祝ってもらえますか?」
「あっ!!」
その言葉に望美は弾かれたように言葉を発した。
「そうだよ! ご、ごめん。 銀の誕生日を祝う為に此処に着たのに、私・・・」
「私は神子様に、お傍で微笑んでいて下さればそれだけで嬉しゅう御座います」
「ダメダメ! それじゃ家に居るのと同じじゃない」

銀は少し考えて、微笑みながらも恥ずかしい事を望美に願い出た。
「では、神子様から口付けして戴けますか?」
「――えぇえっ!? それは・・・その・・・」
望美はうろたえて一歩後ずさる。
「はい」
真面目に首を傾げられても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
うーんと唸りながら、銀に懇願した。
「ダ、ダメじゃないけど・・・此処では絶対無理だよ。 だからその・・・家に帰ってとか・・で・・・ね?」
「それでは何時もと変わりないのでは?」
くぅうっ さっき私が言った事をこんな風につき返されるとは。
「ほ、ほら、他にはないの? 他なら叶えてあげられるかもしれないし、何か欲しい物とか・・・」
「神子様以外に欲しい物など御座いません」
「・・・っ し、しろがね!」
何度となく恥ずかしい発言をさらりと言ノ葉に乗せる銀を、
他の誰かが聞いていないかと、肝を冷やしてキョロキョロと周りを見回してしまう。
「そう思ってくれてるのは、その・・・う、嬉しいけど 普通にお祝いしたいんだってば」
そう云うと、銀は困ったような苦笑の表情を見せ、そう言われてもやはり何も思いつかないと言う。

困った末に望美はフッとある事を思いついた。
「あ・・・じゃ、じゃぁ 夜。辺りが暗くなって、あそこ!
  あそこの中でならさっきの願い、頑張って叶えてみるよ・・・それで・・いい?」
「っ・・・神子様が私の望みを叶えて下さるのならば、夜が更けるのを待ちましょう」
やはり駄目かと期待していなかったのに、突然の朗報に銀は望美に蕩けるような微笑みを返して
抗う間も無く手の甲に口付けた。
「・・・・っ 銀!!!」



「では、その間折角ですからこの辺りを散策いたしましょう」
「う、うん!」
そうして仲直りした二人はしっかりと手を絡ませて賑わう街へと歩んでいった。


 続く


後記

はっはっはっ。 バカップルだ・・・
後編へ続きます。